novel
「椿 大介です。」

そう名乗った黒づくめの男はまっすぐ達海を見つめた。
椿の目はひどく澄んだ目をしていて、生まれたての赤子を連想させる。
その目に達海は引き込まれるように思考を止め、魅入った。


「バッキー」
「はい」

椿が懐から紙束を取り出し、ジーノに差し出した。
その声に達海が我にかえる。
ジーノはさらりと紙束に目を通すと達海に渡した

「これが関所と商家の状況だよ」
「ん、・・・すげえなこれ。」

「武蔵だけでも大変なのに安房、上総、下総、常陸、下野、上野・・・遠江まで。
どんだけ時間かかったんだ、これ。関東中の情報集めてんじゃねえか」

ジーノは指を折って数えた、そして振り向く。

「3日くらいだったかな、バッキー?」
「はい。」

はっと、達海は顔を持ち上げて目の前に端座する椿に問うた。
「まさか、お前一人でこれだけ?」
「あっ!は、はい!!」
びくり、と椿が驚きながら首を大きく縦に振り肯定を示す。

もう一度達海は書物に目を落とした。
そうそう信じられる事では無い、たとえ馬を使い、人を使っても
これを3日で成し遂げるのは無理だろう。

3日では行って調べるのが精一杯だろうに
更にここまで詳細な情報を手に入れるとなると・・・・。


「お前凄いなあ。」

心から達海は椿の働きに驚き、感心した。
その意図を察して椿が頬を赤く染め
はにかみながら嬉しそうな表情を見せたかと思うと
ふと達海と目が合うた事に気づいて勢い良く顔を伏せ、より一層赤らめた。

こんな頼りなさそうに見えるのになー、と達海が思うとくすりとジーノが笑った。

「確かにバッキーは諜報術や脚力に関しては並はずれて優れてるんだけどね・・」

椿は伏せた顔を勢いよく持ち上げた、何を言い出すのかと顔を青くしながら
じっとジーノを見つめている。

(赤くなったり、青くなったり忙しい奴だ・・。)


「忍びの三病は患う、武術はからっきし駄目だし、嘘をつくのは大の苦手とくる。
思ってる事全てが顔に出るって忍としてどうなの?バッキー。」

「う、・・・すみま、せん。」

そう、椿には忍として欠点に溢れていた。
忍びの三病とは、恐怖、侮り、迷いの3つの心情を意味する。
椿はいたく臆病な性質であった、それ故侮りから任務を失敗することは無いが。
心は常に恐怖と迷いに囚われている。

また椿は色に弱かった。

色とは女だけで無い、いや、そちらも椿は得手ではないが
本筋から逸れる故今は触れずに置こう。
色とは色恋沙汰の他に情けや良心という意味がある。
時には非情にならねばならぬ忍の世界でそれは致命的な椿の弱みであった

つらつらと主より並べられる諫言にみるみる椿は小さくなった。

「まあ、それでも使える事には違いないけどね。バッキー、あれ見せて。」

とんとん、とジーノが首元を指差した。

すぐに察した椿が胸元をくつろげ、中から首飾りを取り外しジーノに差し出した。
ジーノから受け取った達海がまじまじと首飾りを眺める。

革で作られた紐の先に角い板があり紋様が描かれ、良く見れば薄くはがされた
色とりどりの石が複雑な家紋を彩り形作っているのが分かる。


「なるほど、こいつが身分証明って事か。」
「伊太利亜から仕入れた貴石細工さ、こちらの家紋でこしらえてくれてね。」

「さすがは貿易に通じた吉田家らしい方法だ」
「おかげでこれを見せればどこにでも通じる。」

「ほー。」
「今後、タッツミーの所にも行くだろうから覚えといてね」



「サンキュ」
「え? あ、はい。」

達海は立ち上がると椿の元に近寄った、そしてしゃがんで椿に首飾りを手渡す。
触れる指に、優しい笑顔に椿は混乱した。

まさか、忍の自分のために歩かせてしまった恐れ多さや、親しみすら感じる笑顔に
恐縮すると共に胸に湧き上がる嬉しさが一度に椿を襲い、頭を真っ白にさせたのだ。

うやうやしく首飾りを受け取ると、直ぐに身につけ
深く、深く頭を下げた。

「ぶはっ」

「面白れーな、お前。」
そのあわただしい様子にたまらず達海がふきだした。




「御苦労、バッキーもう下がっていいよ。」
「はっ」

椿はさっと立ち上がると、一礼し去ろうとした。
その背に達海から声がかかる。

「椿、今度はそんな入り口に座らねえで中まで入ってこいよ。」
「は、はい!」

あわてて椿が振り向いた。

「またな」

そう言って手を振る達海に頭を下げ、今度こそ椿は闇に消えた。
その頬が赤く染まっていた事に気付いたジーノはふぅむと声を零した。

「随分気に入ったんだねえ」
「おもしろいじゃん、あいつ。」
「おや、タッツミーもかい?」

「全く、妬けるね。主人は僕だというのに・・・」

ふうとため息を吐いて紙束に目を落とした。
「こちらもややこしい事になってたね」

達海の顔もくっ、と引き締まる。
「ああ、計算が合わない。」

「おそらくバッキーの情報は間違ってないよ、
そこにはそれだけしか無かったんだろう。」

「既に何者かの手の内ってことだな」

「盗人に奪われた、なら良かったんだけどね。」

「被害を受けた物品数を含めてもまだ足りない。ならば・・・」



達海とジーノは無言で目を合わせ黙した。
同時にため息を吐く。



「あー、関所に関しては平泉のおっさんに頼るか。」

「隠そうとする奴らの見極めが必要だね、うちからも忍を借すよ、タッツミー」

「おう、しかし便利なもんだなあ。」

「分かってると思うけど多用は避けた方がいい、飛脚ならともかく
他国での諜報活動は信用を無くしかねない上に誤解を招くからね。」
「ああ。」


「でも関所の件は内密に信頼できる者に手渡した方が方がいいね」
「あそこまで大きな集団となると内通者が忍んでいてもおかしくないしな」

「文がかけたら、バッキーに持たそう・・・、あ。」

「どうした?」
「あそこに持っていくならバッキーは駄目だった。」
「なんで」
「あそこの持田がバッキーの事をいたく気に入っていてね
見つかりでもしたらなかなか帰ってこなくなる。」

「持田ってあの?」
「そう、平泉殿の懐刀。目つきが怖いあの変な男だよ」
「ふーん、お前には持田も言われたくないと思うぞ。」

「君がそれを言うのかい、タッツミー?」

はん、と達海が笑った。
ぐぐっと体を伸ばすと行儀悪くごろりと寝そべる。

「じゃあ今日の所は僕もお暇するよ。タッツミー」

達海は振り返りもせず手だけで挨拶を寄越した。


「バッキーと態度違いすぎない? タッツミー。」

ジーノは眉間に皺寄せた。



密議


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