novel
「・・・まったく、アイツは何を考えている。」

流れるような美しい筆跡でかかれた文に目を通し、村越は頭を抱えたくなった。
疲労が肩や首筋、目の奥に溜まっている感覚がしてなんとか追い出そうと眉間に指を添え皺を伸ばす。ここでいうアイツとは言うまでも無く、この村の支援者かつ最大のお得意様である吉田家の当主、ジーノの事である。
椿が達海を案内している間にすらすらと筆を滑らせ完成した文を忍びの一人がこの村に持ち込み、こうして忍びの村の当主、村越の手に収められたのだが、読み終えた村越からはため息交じりの困惑の言葉しか出てこなかった。

吉田家からこの村は実の所、そう離れてはいない。旅慣れた者ならば2日とかからずたどり着く事が可能だろう。至る所に仕掛けられた罠にかからなければ、という条件つきだが。
まあ、一般の人間はそう踏み入れる事も無い辺境の為その心配は必要無かった。
忍びの村といっても山奥にひっそりとたたずんでいるだけで、他の村と大きな違いは無い。
青空の下村の男が田畑の手入れをし、女が子乳飲み子を愛でながら内職に励み、子供が野を駆けながら笑い声を辺りに響かせている。一見誰もが心安らぐ穏やかな日常であるが、そう見えるこの世界は現実の一部でしかない。一度依頼をうけたならば熱を捨て名を捨て、個を捨てて金の為に、村の為に命を落とす事を苦にしない。
その覚悟を持って月日を過ごして来た人間の集まりであった。
過酷と言っていい運命にも関わらず、その事を悲観している者は一人もいない。
なぜならそれがこの世界の当たり前だったからだ。戦と共に生き、戦の終焉と共に死んで行くのだろうと誰もが理解していた、だから静かに受け入れているのだ。
それも、共存という形で戦国時代の終焉を迎えたとあっては変わっていくのかもしれない。しかしそうなるのは随分先の話である、三つ子の魂なんとやら、小さい時より教え込まれた生き方はそう簡単に変化を受け入れる事ができないものだ。

この村の当主、村越という男は、責任感が人の形をとり服を着ればこうなる、そんな人間である。
この村で生まれ、当たり前のように忍として育てられ、幾度と死線を乗り越えて来た。
そうして育まれた信頼と責任を当たり前のように飲み込み、村の為、死に物狂いで支えてきたのだった。そんな彼がこの村や忍を思う気持ちは海よりも深く、山よりも高い。
それ故その手紙の内容は一読しただけではとても納得できる代物では無かった。

「長、吉田様はなんと?」

文を運んだ忍びが、そっと声を吐きだし村越の言葉を求める。
それに対し村越は直ぐに問いに答えず表情を硬く引き締めて、長いため息を吐いた。
そしてようやく答えを口にする、その口ぶりからは呆れと困惑を感じられる。

「椿の事だ、あいつを人に預けたいがいいかと聞いて来た。」
「もしや、相手は達海様でしょうか?」
「ああ、名は良く聞く。随分聡明且つ大胆で破天荒な男らしいな。名を出すと言う事は何か思い当る節でもあったのか?」
「最近椿からよくしていただいたと、人柄を褒めちぎった話をよく聞きます。」
「ほう。」
「随分敬愛している様子、もしこの話が実現したなら椿は喜ぶでしょうな。」
「・・・・・。」

村越は視線を山に向けた、その山の向こうにかつてあった村を思い出していた。

不自然に途切れた会話を無理やり繋げるような事は忍びはしなかった。
忍はこの村の長が岩みたいに硬い男だと評される裏で情に脆く、人間らしさを捨てきれぬ事を知っている、村を支える秩序であらなければいけないと押し殺している事を知っている。責任と覚悟それを背負えるからこそ、この人は長として選ばれたのだ。
その男を悩ませるこの度の依頼、単純でありながらいくつもの問題が透けて見えてくるのがタチが悪い。

まず、一つ目。契約中の忍は二君には仕えない。
忍が従うのはこの村の長と金で自身を買った主だけである。主従といえど裏切りが珍しくない戦国時代、君主を一つに定めておかねば裏切りに巻き込まれ、本来の主を抹殺するような命令を下されかねぬ。その国家の一番重要な部分に触れる事が多い忍にとって信頼問題はこの村の存続にも影響しかねない、その為契約した主意外にはどんな関係であっても仕えぬ事が当然だった。

二つ目、それは。

「・・・達海は、知っているのか。」

物思いに意識を傾けていた忍がその声に思考を中断させた、言葉は途切れているが長が何を言いたいのか、すっと理解できていた。自分も同じ事を心配していたからだ。

「おそらく、知らぬでしょう。椿の最大の欠点を。」

再度黙り込んでしまった長相手に忍が出来ることなど存在しない。
客人としてやってきた達海家の当主はあと数日はあの町にとどまるだろう。
しばらく悩まれた所で間に合わせてみせる、その自信が忍にはあったのだ。



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