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椿と冬のコート


冷たい風が肌を撫で、僅かな隙間に入り込む不快感に体をふるえる。
寮からグラウンドまでの数十分。
最近の椿にとってその時間が苦痛でたまらなかった。

原因は椿の服装である。
風も冷たくなり、街行く人々が手袋やマフラーを身につける中
未だに椿のジャケットは秋物なのだ。
周りに寒くねえのかと聞かれ続けて、もちろん寒いのだが
ある理由が一番に思いつく椿は猫背になりそうな背筋を正して平気だと答える。
誰にも理由を知られる訳にはいかないのだ。
・・・・・・・・特に監督には。

しかし、やせ我慢にも限界がある。
ますます寒さが険しくなった気温に負けて椿は冬用のコートを身に付けた。
マフラーを巻き、ドアを開ける。
外の空気は冷たいが、それでも耐えられえない程では無かった。
オフなら誰にも会わず買い物できるだろう。
コートは値がはるからあまり気はすすまないけれど、
ダウンジャケットなら安くて売っている店があったはずだ。
軽くて暖かいらしいし、良い事ずくめだ。

何色にしようかなあ、なんて考えながら椿は街中を歩く。
そして出会ってしまった。
コンビニ帰りの達海に、一番今の格好を見られたくない相手に。


「おー椿だ、なにしてんの?」
「え、あ・・・・の、ちょっと、か、買い物に・・・・。」
「なんだなんだ、何そんな慌ててんの?」

椿は動揺しすぎて、声が裏返ってしまっている。
そんな椿に対し達海はいぶかしげに見るばかりで椿の服装に関して気にしてないようだ。

それもその筈だ。
今日の椿は何もおかしい格好をしている訳じゃない。
紺色のジーンズにスニーカー、カーキのモッズコートを着ているだけである。
外に出ればどこでも見かける服装である。

しかし、椿にとってモッズコートだけは問題なのだ。
なぜなら・・・・。

(だって、このコート・・・達海さんのと似てるし)

思わず椿はコートに視線を落とした。
まるでペアルックのようで椿はこのコートを着る気にはなれなかったのだ。
良くあるデザイン、そう思えればよかったのだが
ETUでは他に誰も似たコートを着ていなかった。
なによりこんな事を一人意識してしまっている自分の思考の恥ずかしさに
椿は耐えられなかった。


だから焦って余計にしどろもどろになる。

その結果・・



「・・・ははは!おまえ、そんな事気にしてたんだ。馬鹿じゃねーの」
「ぐっ・・!」

全て白状する羽目になった。
自覚はしていたけれどあまりの言われようにがっくり椿は肩を落とす、
返す言葉も無い。
穴があれば埋まりたかった。

「じゃあ買い物ってコート?」
「・・・はい。」

にやにやと嫌な笑顔を見せる達海を前に椿は逃げ出したくなってきた。

「いいじゃん、買わなくて。毎日それ着てこいよ」
「・・・嫌っス。」

ぶんぶん首を振って椿は拒否する。
達海の性格を思えば毎日コートをネタにいじられるのが目に見えている。
それは避けたい、なんとしても。

「駄目か?」
「駄目っす。」


「どうしても?」
「はい。」


「やっぱり?」
「駄目っス。」

いつになく強く意志を出す椿に達海はため息を吐いた。
ようやく諦めてくれたのだろうか。
安心しかけたその時だった。



「お前の考え嬉しかったんだけどなあ」

「え?」



その一瞬達海の嫌な笑顔の中に、別の笑顔が見えて椿は返事できなかった。
ちょっとだけ真剣さが混じった言葉に気持ちがぐらつく。
駄目押しとばかりに甘えるような優しい声で駄目かと聞かれてしまえば



「・・・・・うう、わかりました。」

そう言うしかなかった。


とたんに、ニヤーと悪い顔で笑うから椿は騙されたと頭を抱えたくなった。
ひどい人だ、この人!
やっぱり、今の無しに・・・そう言おうとしたのを読んでいたように達海は言うのだ。


「じゃあ、椿。このままデートしよっか?」
「・・・・・はい。」


ああ、俺うまく流されてるなあ。
そう思ったが断る事は出来なくて、きっとこの人相手に俺は一生勝てないんだろうなと思えた。
すると力が抜けてきて、まあいいかと諦観の気持ちが湧いてくる。
このずるくて、ひどい人を俺は愛しているのだ。


――――――――――――――――――――――――――

翌朝、せめてもの抵抗に取り外しできるファーを付けて
少しデザインを変えて来る椿に達海さんすねます。
機嫌直してもらうため余計気を使う羽目に。
椿どう避けても達海さんに振り回され疲労します。タツバキの基本姿勢。


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