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 短冊遊び



*曇天と笹一年後のお話


「で、今年も何書くか決めれなかったと。」
「はい・・。」

菓子と資料とペンと紙。
小さなテーブルの上に乗せられたいつものセットの中に今日は異色な物が乗せられていた。
赤、青、白、黄、桃、緑、他にも、他にも。色とりどりの紙切れが乱雑に散らばり狭いテーブルを更に狭くしている。
しかしどの短冊にも願いが書きこまれた形跡が無かった。
ペンを持ったまま動かそうとしない椿を見て呆れた声色で達海がつぶやく。

「ETU優勝とか、もっと活躍したいとか、幸せになりますように、とか、そんな真剣に考えなくてもいいじゃん。」
「おれもそう思います。」
「あ、そうなんだ。」
「わかっては、いるんですけどね。」
「書く気にならない、と。」
「・・・・はい。」

人の身長くらいある大きさの笹が今年もETUで誇らしげにそびえている。
既に七夕飾りも短冊もかざられたその中に椿の短冊だけが存在しなかった。
うんうんと考え込んでいる椿を見ているうちに、ふと昨年の事を達海は思いだしていた。
ボールを持たずに座りこみ、コンプレックスと不安に押しつぶされながらもそれと戦おうとしていた椿。
一年が経ち、それなりに自信や経験を積んでは来ただろうがこんな所はまだ変わって無いようだ。

「それにしても、凄い量だな」
「はい、なんかもらっちゃって。」
「お前商店街でもこないだ凄い事になってたよな」
「いい人達っスよね、なんか申し訳ないくらいおまけくれました。」

すっと達海の手が伸び、黄色い短冊を摘まむと引き寄せる。
テレビはついておらず、二人だけの狭い部屋ではやたら書く音が響いた。
書くことが決まらない椿は横目でその文字を追いかける。
そして、そのあんまりな言葉に思わず口を開いた。

『アイスが食いたい』

「それ・・・」
「うん、今はこれがいーなー。」
「食べ・・・・」
「今切れてんだよ、で、買いに行くのめんどくさい。だから誰かが持ってきてくんないかなって思ってさー。」
「・・七夕まったく関係ないですね。」
「無いなー。」

遠まわしに買ってこいといってるのだろうか?椿はそう思ったが口には出さなかった。
正直ちょっとめんどくさい、外は雨だし、暑いし、あまり気は進まないのだ。そんな事を考えている内にまた達海の指が短冊を摘まんだ。
またカリカリと書きこんでいる所を見ると先ほどの行為に本気は含まれていないらしい。
単に思い付きというか、手慰みに書きこんでいるだけのようである。
椿は自分の手が止まっている事に気付いて視線を手元の短冊に意識を戻した。
さっさと書いてしまおうとその時思いついた短い言葉を書き残す。
書き終えるとそのあまりの凡庸さにはがゆい気持ちになった。
なにか物足りないような気がする。しかしこれ以上考える気にはならず、とりあえず書けた短冊はまざらぬよう避けて置いといた。
ちらりと達海の様子を見るとすでに4枚目を書き終え、5枚目に取りかかろうとしている。

こんなに何を書いているんだろう?
一枚を書くのに十分すぎるほど時間をかけた椿は好奇心に誘われるまま緑の短冊に指を伸ばそうとするが、それはまずいだろうと自分にストップをかける。
これは自分が知っていいことなんだろうか。

「見ていっスか?」
「いいよ。」

軽い調子で返事が返って来たもんだから、そこまで気にする事でもないようである。
ならば遠慮無く見させてもらおうとしたが今度は別の問題が待ち構えていたらしい。

読めないのだ。

達海の書く字は汚い。雑だとか癖があるというレベルを超え、時にそれは暗号とよんでもさしあたりがない程読解が困難な代物である。
先ほどのアイスはまだ分かりやすかったが、今回は難しい。
文字の一部が欠けていたり離れ過ぎているせいで解読には時間がかかった。
ぶつぶつと、思い浮かんだ言葉を声に出していく。

ちっとも意味が分からない。

縦にしたり、横にしたり、どうにかあがいていた椿の動きが急に止まった。
ぎぎぎぎ、と鈍い金属音が鳴りそうなほどおかしな動きで達海を見上げる。
ぶつかった視線。その目の中に悪戯をしかける楽しさが混じり始めている事に気付いて、
椿は氷の欠片を飲み込んでしまったようなヒヤリとした冷たさを覚える。

椿の指が他の短冊に伸びた。
意味を正確に読み取ろうとじっくり時間をかけて読んでいく。
そうして全てを読み終えたあと、椿はふうと長い息を吐いた。


妙な静けさだけが部屋を支配する。

「・・・・・・・・監督。」

その静けさを破ったのは、いつに無く顔を強張らせた椿だった。
姿勢を正し、正座する膝の上にはきつく握りこまれた拳がある。
その硬い表情は凛々しさだけでなく、威圧感まで持ち合わせていたが
達海はかまえるどころか、にやにやとひどく楽しそうな表情で椿の次の言葉を待っていた。

「いい、ですか?」

椿の険しい顔にうっすらと朱がさす、そのあまりに真剣な顔に内心達海は吹きだしそうになっていた。
こういう場馴れせず、なんでも真剣に、全力で向き合おうとする椿が本当に可愛くて堪らない。
そう思いながらも言葉にはしなかった。ただ余裕を感じさせる笑顔をうかべ、椿の瞳をただじっと見ている。

椿の手が達海の肩を掴むと、ぐいと乗り出して乾いた唇に自身の唇を重ねた。
肩に置かれた手がじわりと熱い。
しばらくの間その感触を楽しんだ後、達海はわざと体勢を崩した。
バランスを崩した椿が達海を押し倒した格好になる。
さすがにこれはまずいと思ったのだろう。
椿は床に手をついて、いったん体勢を立て直そうとしたが今度は達海がそれを許さなかった。

椿のうなじに腕をまわすと達海は力任せに椿を引き寄せて強引に唇を奪った。
開いた手を椿の背にまわして抱きしめ、ベロリと椿の下唇を舐めると首筋に噛みつく。
そうして椿の肌に小さな痕が残ったのを確認して満足そうに笑った。
既に体を起し、わずかな痛さと大きな驚きに困惑の表情を浮かべる椿を下から眺め、起こしてといいたげにその手を空に伸ばす。
ひどく動揺していた椿だったが当然の如くその手を取り達海を起きあがらせた。

「ごちそーさま。」


悪戯が成功した子供のようなイキイキしている達海に対して、椿は耳まで赤く染めると力無い声を出した。


「そういう事は彦星や織姫に言わず、俺に言ってください。」


床には先ほどのどさくさで落ちた短冊が散らばっていた。
例えば『たまには男らしい椿が見たい』とか『椿からの愛が欲しい。』とか。
それは神様でも不可能な、椿だけにしか叶えられない願い事だった。



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