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 君の不幸を望む僕をどうか愛して下さい



「おまえらって、なんか似てるよな。」

ロッカールームで汗でぬれたアンダーシャツを脱ぎながら、そんな声を聞いた。
今はU-22の代表候補のキャンプ中であり、見覚えこそあるが知らない人達でごったがえしている。
今声をかけた選手も何度か試合した事はあるが、こうして話すのは初めてかもしれない。

さて、どう返事しようか。
おまえらという事はおれともう一人の事を言ってる訳で、
なんとなくそちらに視線を投げかけてみれば黒目がちな大きな目と目があった。

椿大介
ETUの7番。

初めて彼と試合した日の事は、今でもはっきり覚えている。
その日はとても調子が良く、思う様に身体が動いた。
何もかもが楽しくて、そんな環境を与えてくれた監督にお礼がわりの3点目を取ろうとしていた、その瞬間だった。

突然、ボールが消えた。

慌てて振り返れば自分と同じ背番号を付けた選手が自軍へ向かって駆けていた。
何が起きたか分からないまま、必死で追いかけようとして足がもつれ、
ただ小さくなっていく背中をで呆然と見送る事しか出来なかった。
その7番が隣にいる、今は仲間として。

「えーっと、その、似てる?」
「・・・・そう、ッスか?」

二人で首をひねってると、「そのボケた反応までそっくりじゃねえか」と誰かがつっこんだ。
自分では似てるとは思わなかったが、彼とひとくくりにされる事はなんだか嬉しい事に思える。
「相性いいんじゃねえの」と誰かの声が聞こえた。

汗をぬぐって、私服のポロシャツに手を伸ばす。

似てるかどうかは置いといて、彼の傍に居る事はとても穏やかな気持ちになる。
どちらかというと話す側より聞き役に回る事が多い俺達の会話は知らない人が聞けば
お前らそれでいいの?といわれかねない程のスローテンポだ。
話したい事はとてもいっぱいあるのに、何から話そうかと考えているうちにどんどん時間が過ぎて行ってしまう。
かといえば、同じ話題を同時に話しだした時は、そのタイミングの良さだか、悪さになんだか笑えてきてしまった。
見れば椿も笑っていて、近いような、ずれてるような、こんな距離感が心地良い。

次から次へとテンポ良く変わる話題を聞きながら、ふと椿を見るとなんだか心ここにあらずといった様子で何かを見ていた。
視線を辿って行けばそこにあったのは誰かが置き忘れて行っただろうサッカー雑誌で
表紙に大きく「監督特集」と印字されており、その字と共に一面を飾るのは、ETUの・・。


そこまで考えて頭が真っ白になった。
椿が笑った、それだけで。

笑ったといってもそんな大きく表情が変わったわけではない。
目が少し細まり、唇の端が少し上がっただけだ。
いつもなら嬉しくなるその表情を見て、だけど、せり上がって来たのはどうしようもない絶望だった。

分かってしまった。
分かりたくなかった。

どこかでETUの7番は選手だった頃の達海監督の背番号だったと聞いた。
俺だけじゃない。
おそろいのように、浮かれていたのは、なんだったんだろう。

ああ、そうか、おれは椿に。
そして椿は達海監督に、


恋をしてるんだ。



男同士で好き合う、世間はその関係を受け入れようとはしない。
一般人ではありながら有名人でもあるサッカー選手とその監督。
それに伴うリスク。
報われる未来が全く思い浮かばなかった。


失恋してしまえばいい。

一番最初に思い浮かんだ暗い感情にどうしようもなく心が苛立つ。
どうして、そんな事を思うのだろう。
好きな人は幸せになってもらいたい、いつもならそう思えたのに。
だってそうだろう?

いつだって、楽しそうにしていてほしい。それで、笑って、


笑って・・?

どうしても想像できなかった、椿が幸せそうに他人に笑いかけてる所を想像するだけで
おれのなかの何かが壊れてしまいそうだった。それが恐い、考えたくない。
冷えてしまった身体を、汚い心ごと隠すように乱暴にポロシャツに頭を通す。
次に視界が開けた時には椿は雑誌を見ていなかった。

そんな事に安心してしまう自分が情けない。
けれど、どうしようもなかった。



報われないで。




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