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 空飛ぶチキン



!19巻神戸戦後の話、未読な方ご注意お願いします。





引き分けで終わったものの、勢いは完全にウチのものだったからか一段と興奮したサポーターの声援がスタジアムに響いていた。
赤と黒を身にまとって輝いた顔で歓喜と期待の声を上げる姿は見ていて気持ちよい。


「ありがとう。」


大きな声援にかき消されながらも、不思議とその声は耳に入って来た。
振り返れば椿がユースの子供たちに頭を下げている所だった。
それも、深々と。
今まで試合後、椿は声援に答える事はあってもこんな行動はとらなかった。

興味を覚えて目で追ってみる。

子供たちに頭を下げた椿は何かを探すように視線をさまよわせ、ある一ヶ所をじっと見つめるとさっき同様、深々と頭を下げて礼を言った。

なぜ今椿がそんな行動をとったのか。
だれでもではなく、子供達とおっさんに声をかけたその理由。
なんとなくだけど想像できた。
チキンなアイツがあのビックチャンスで外しても、落ちずに前を見続けられた。
きっと無関係では無いのだろう。
サポーターに礼を言ってた分ひとり遅れていた椿が歩き出した事を確認し、俺も引き上げた。


夏休みの時期もあって、作戦に当てられる時間は以前よりずっと短くなった。
効率的に進めたいのに思うようにはいかず、その上眠気に食い荒らされた思考では碌に思考がまとまらない。
これではいけないと、グランドに足をのばした。
くわっとあくびをして滲んだ視界が元に戻る頃、月明かりのせいだけじゃなく青白い顔した椿と目があった。
衝撃からか、ぼろん、ぼろん、ボールが転げ落ちる。
俺に自主練見られたくらいでそんなガチガチにならなくてもいいのにねえ。

ま、釘はさすけど。

日課といってもそれで疲れ残されちゃたまったもんじゃない。
状況を理解してある程度自己管理する事だって必要だしな。
いや、まあ、そう言う意味では今回の自主練は問題ないか、と出場停止の事に触れれば椿は肩をがっくり落とし消沈してしまう。
だか、今日の椿はいつもと違った。

「少しでも、上手くなりたいんス!」

力強く手を握り、真剣な顔で言葉を吐きだすその裏に
あの時の椿の「ありがとう」という姿が重なった。
思わず口元がつり上がる。

これでちょっとは椿もプロ選手らしくなるだろう。

ただフットボールが好きなだけなら、プロにならなくても出来る。
それでも椿はこれで飯を食っていく道を選んだ。
コイツにはコイツの理由があるんだろうけれど
プロの世界だからこそ、与えられるモノがある。

例えば、そう、サポーターのその声援。
おっさんもガキも姉ちゃんも顔をまっかにして精一杯の声を張り上げ、点が入ればきらきら顔輝かせて喜ぶ。
そこに年齢も性別も関係ない、在るのは不思議な一体感だけだ。

自分のプレイで一喜一憂するその姿を見て、何も感じないプレイヤーなんかいないだろう。
その言葉が、笑顔が、応援が、血液を沸騰させるくらい熱くさせ全身にかけめぐり力に代わる。
最高の瞬間の一つだ。

応援してくれる人の為にも上手くなりたい。
口にはださないが、そんな椿の気持ちが伝わって来る。
以前の椿からは感じられなかったその気迫にドクンと心臓が高なった。
ジワリと気持ちが高ぶってくる。

楽しみだ、監督としても、個人としても。

今はまだ未熟な面が目立つがこいつがこの先どんなプレイを見せてくれるかわくわくする。
今なら選手の成長をなにより楽しむネルソンの気持ちだって分かりそうだ。

9回はヘマをするが、たった1回のプレイで全ての人を魅了する。
そう椿を表現し支えてきた人達の気持ちが今ならよく分かった。
魅せたその次の瞬間イエローもらってくるしまらねえ所もあるが、そんなわけわからねえ所含めて椿なんだ。
まるで博打だが、それでもつい、こいつの才能に賭けたくなる。
そんな魅力が椿にはあった。

この先、椿は変われるだろう。

自分を飛べない鳥と勘違いしているこのチキンはどこまでも飛べる翼と
それを応援する仲間をもっているのだから。
俺を含めて、ね。

さあて、俺もやらなきゃいけねえことやろうか。
山形戦のあのやり辛さ、まずはそこからだ。



「そうかい、そうかい。ところでさ・・」





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