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 5、タルトを盗んだのはだれ?



歩く度、ひらひらとスカートが揺れる。
憂鬱な気分になるが、今はそれ以上に期待の方が大きい。
また誰かに出会える、その上何か分かるかもしれない。
この世界は現実の世界では無いけれど、
ここで会う全ての人は暖かい人ばかりだった。
自分だけが一方的に知っている状況は椿にとって辛いものでもあったけれど
一からまた始めればいいと、絶望をはるかに上回る希望を持たせてくれた。

(監督だけ・・ちょっと・・あれだけれど・・)

女物の服を渡されたり、クッキーを食べられたり、いきなり現れて脅かしたり、
あまりよくないイメージの方が強い。
まあ、まだまともに話して無いもんな・・。
そう思って思考を切り替える。
なんだか騒がしくなったのだ、もうパレードは始まっているらしい。

「トランプ兵・・。」

溢れかえる人ごみ、誰もが、どこかで見た事ある人ばかりだった。
つくづく不思議な世界だ。
椿は自分の記憶を探る、多分、もう、話の終わりにだいぶん近づいているように思う。
このままだとアリスである自分は女王様と出会うのだろう。
その立場上この世界にも詳しいだろうし、物語を思えば恐い人だったけれど。
(なにしろ、この者の首をはねろ!が口癖のようなおばさんだった。)
聞いてみる価値はあるように思うのだ。
さあ、誰になるのだろう。
恐ろしくも、少し楽しみに椿はパレードを見ていた。



(嘘っ、だろう。)

椿は盛大に吹き出し、むせた。
周りの人が不機嫌そうにこちらを見て、それに気付いた椿があわてて謝った。
しかし、これは、酷過ぎるだろう?
椿は自分の世界を呪った。

女王様は怖い、そんな印象が強く残り過ぎたのだろうか。
その人物は椿が出会った一番怖い人、その姿のままに存在していた。

(・・・もももも、も、持田さん!)

女王という重みを表すような風格あるドレスで身を包み、
つまらなそうに馬車に乗る、その視線の先には巨大な城がそびえていた。

(計画変更だ、これは無理だ、別の手段を考えよう。)

目が合う前に立ち去ろうと椿は考えた。
人の壁をなんとか抜けようと振り向くがその瞬間、だれかにぶつかってしまい
最前列にいた椿は道の中央へと弾きだされてしまったのだ。
よりによって女王の道を塞いでしまうという、最悪の形で。
椿は全身の血が逆流するような錯覚を覚えた。


「何、お前・・?」

冷めた目がぎらりと椿を見下す。
怯えながらも、椿は口を開いた。

「あ、ああ・・・えと、初めまして・・椿と言います。」

目が合えば石にされてしまいそうな強い視線をなんとか飲み込んで言葉にした。
足が震える、体中に力を入が入ってしまってる自覚はあるも止められそうにない。

「なんか、用?」

東京Vの王様、もとい女王様はあくびをしながらそう言った。
椿としては、俺の事を忘れて下さい、なんでもないですと叫んで逃げてしまいたいが、
そうした所で逃げ切れるとは思わなかった。
持田の周りにはトランプ兵の格好をした東京Vの選手もたくさんおり、こちらを警戒していた。

「あの、教えてもらいたい事が、あるんです。」
「・・・・。」

とっさに声を出せた事に椿自身が驚いた。
なんだか今言わないといけない気がしたのだ。
恐い事にかわりは無いが、それに縛られてはいなかった。
ころんだまま、座りこんでいた姿勢を正すと

立ちあがって、馬車に乗る女王持田を見上げた。




「言ってみなよ。」


数十秒の沈黙の後持田は言葉を落とす。
その言葉を聞いて、周りがざわめいた。

(あの持田様が、他人の頼みを聞くなんて!)
(なにもんだ、あいつ)
(よく、持田様に言えたもんだ!)

トランプの兵が何か言うより早く、ぎらりと猛禽類を思わせる女王の目が観衆を黙らせた。



「俺は、別の世界から来ました。女王であるあなたなら何か帰る方法を知ってませんか?」
「ぷっ、ははっ!」

持田はげらげらと笑いだした。
椿は、それでも表情を変えずにただ見ていた。

「何を言い出すかと思ったら、・・いいね、お前面白そうじゃん。」

何が面白かったのかは分からなかった椿が首をかしげる。
ただ、この世界では持田さんがドレス着てるのだから、
俺がワンピース着てても、奇妙に見られないのかもしれないと見当違いな事を考えていた。
ここに居る奴だったらそんな事気にしねえと思うぞと言った世良の言葉の意味をようやく理解できた気でいた。

「これから野暮用があるから今は無理だけれど、後でいいなら相手してあげるよ、椿君。」
「あ、ありがとうございます・・!」
「これから裁判なんだよねー、めんどくせえ。」
「そうなんですか・・。」
「出直すのめんどいよね、椿君もおいでよ。となり乗せてあげる。」

いい事を思いついたと明るい顔で話しだす持田に椿は慌てた。
椿にしてみれば、心臓がいくつあっても足らない。そんな気分だろう。
しかし結局断れないのが椿である。
大の男が女物を着て馬車に乗る、なんてシュールな光景なんだ。
そうは思っても口にできる強者はここにはいなかった。



『それでは裁判を始めます』

そう板に書いた緑色のウサギがラッパを吹く。
パッカだ。
ラッパは吹けるのに喋るつもりは無いらしい。

今度は板に、“持田様がこっそり焼いたタルト、誰かがごっそり持ってった”と書きこむ。
ああ、そう言えばそんな話だったよな・・不思議の国のアリスって。
ひとりごちた椿は、しばらく裁判を傍聴していたが、直ぐに興味を失いくっつきそうになるまぶたと必死に戦っていた。
油断して、上下する頭でなんとか目覚めてはみたもののこのまま寝てしまおうかとさえ思った。

ウサギに、とかげに、ぶたに、インコ。
様々な動物の一部を生やした人間たちがまとまらない言葉をざわざわとぶつけあう。
パッカは彼自身が重要だと思った事を板に書きこんでいたが、どうも選ぶ言葉を間違えている。
板には、十五日、十六日、3時15時、などの様々な数字(その数字が何を指すのかは書かれていない)と、
紅茶、走る、泳ぐ、名前、などの様々な言葉が書き込まれていた。(やっぱり何を指すかは書かれていない。)

完全に気を抜いた椿だが、ふと・・ある考えを思いついてしまった。
いや・・まさか・・・だって本ではアリスは無実だったじゃないか・・。
でも、もしそうなら・・・・パッカがやる気が無い理由と繋がる。
いやいや・・まさか・・・。

その時誰かが持田に尋ねた。

「女王様、貴方様がお焼きになったタルトには何が乗せられていましたか?」

ぞわり、ぞわり、と背筋が痺れる思いだ。違ってくれと椿が願う。
穴から落ちた椿がたどり着いた不思議な家、花畑からはそこへしか辿りつかなかった。
恐らく同じ穴に落ちたパッカもそこを通っていただろう。
お食べなさいと書かれたタルト、無関係じゃないかもしれない。
違ってくれ、違ってくれ、ただそう祈る。

「カスタードクリームに、いろんな果物。イチゴとか。」

椿とパッカの動きがピタリと止まった。
確定だ、恐らく確定だ・・・。
盗んだのが誰かは分からないが、パッカと椿でタルトを全部食べてしまったのだ。

その時椿はパッカと目があった。
パッカも俺の存在と共犯者である事に気付いているのかもしれない。
直接会ったわけではないけれど、地上でいた俺がここに居るのだ。
そこから推測していくことは出来なくもない。

「ん、何見てんの・・パッカ?」

パッカの異変に気付いた持田が声をかけた。
その視線の先にに椿が居る事、そして、さっきまで眠そうにしていた椿がなにやら慌てている事に気付いてピンときたようだ。
大きく息を吸い込むと、よく通る声で叫んだ。

「椿を捕らえろ!!」

ざわざわざわと、法廷が先ほどとは別の意味で騒ぎだす。
椿は跳ねるように駆けだした、やばい、やばいと、心臓が警報のようにどくんどくん音を立てた。
出入り口は既に封鎖されている、逃げ場なんて無い。
それでも今、捕まるわけにはいかなかった。

ひとり、ふたり、猛スピードで走っては上手く切り返してトランプ兵を振り切る。
それは颯爽と駆け抜け、マークを外す、サッカー選手としての動きによく似ている。
その様子を愉快そうに見ている持田は口を三日月型に口元を歪めて、言った。

「不思議な子だね、椿君。早く捕まっちゃいなよ。」

「首を跳ねろなんてつまらない事言わねえよ。」

「俺の駒として一生使ってあげるからさ。」


もしこれが、グラウンドで、
いつものようにジャージやユニフォームを着て、スパイクを履いていたのなら
結果は違っていたのかもしれない。
しかし、今の椿は走るにはあまりにも向いていない格好だった。
広がる布は足に絡みついて椿の動きを邪魔するし、パンプスを履いてるせいでさっきからつま先が痛くて堪らない。
わずかな段差につまずいて、椿が転んだ。

その隙を逃すまいと、ある者は腕を、ある者は足を、ある者は首を。
寄ってたかってすばしっこい椿をてのひらで拘束した。
椿は床に押し付けられながら、なんとか拘束から逃げようと激しくもがいた。

カツン、カツン、カツン、カツン。

もう椿に逃げる手段は残されていなかった。
椿の目に、焦りと絶望の色が浮かぶ。
それでも何もできず荒い息を吐きながら、よく響くパンプスの音を聞いていた。
持田の足音だろう、もうすぐこちらに辿りつくようだ。
冷たい床の感触を肌で感じる。

「ごくろうさん。」

楽しげな声が聞こえた。
ああ、ここまでなんだろうか。
自由にならない腕で、足で、体の全てを使ってもう一度抵抗するが
拘束は緩むどころかさらに強くなり、その痛さにちいさな悲鳴をこぼす。
腰にも誰か複数が乗ってるようで重くてまともに動かせない。

「お前ら、のいていいよ。」

椿の腰に、背に、乗っていた兵士が、一人、また一人と椿から離れる。
そうして椿を取り押さえていた兵士が全て退く頃。


そこに椿は存在していなかった。




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