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 4、おかしなお茶会



こっちに歩けば、人が居るよ。

そう窪田に教えられた道を椿は歩いていた。
ただやみくもに歩くより人に聞いた方が安全で早い。
そう椿は身を持って味わった。

少しであるが、この世界について分かった事がある。
ここはアリスの世界ではあるが同時に椿の世界でもあるらしい。
でてくる人全てが椿の知っている人ばかりだ。


それにしても歩きにくい、と椿はしかめっ面をした。足元はぐらぐらするし窮屈だ。
女の人はいつもこんなもの履いてよくスタスタ歩けるものだと元気な広報の女性の事を思った。

そうしてたどり着いたのは白い洋風の家の前。
整えられた庭には奇麗な花が咲き誇り、建物を優美に飾っていた。
ドアをノックすれば返事は無い。
無人だろうかと考え、椿は立ち去ろうとした。その時だ。


「何か用か?」

ガチャリと音を立て開かれた扉、そこにいたのは赤崎だ。
世良や窪田のようなカジュアルな服装で無く、長袖のシャツに黒いタイとベスト。
同色のスラックスに革でできた紐靴を履いている。
そして、あった筈の場所に耳はなく、長いウサギの耳が髪の毛の間から立っていた。

(ザキさん・・!)

椿は心の内でそう叫んだ、口に出さないのは怪しまれたくないからだ。
初めて会う相手が名前を知っているなんておかしすぎる、びっくりさせたくはないのだ。

「その・・聞きたい事があって・・・・。」
「なんだ、迷子か?」

「ち・・違います! あ、いや・・そうなのかも・・」
「どっちだよ。」

「あ、その、迷子です。」


赤崎はがりがり頭をかいてため息を吐いた。
椿はすっかり恐縮してしまって言葉が出てこないらしく、気まずい沈黙が続いた。
そんな時、もうひとり誰かの声がした。


「とりあえず、入れてあげなよザッキー。」


聞こえたのは声だけだったが、それだけで椿は十分だった。
ほぼ毎日顔をあわせているのだから、誰かなんて聞くまでもない。

(・・王子だ。)


「なんだ、来たんッスか。」
「あんまりにも君が帰って来るのが遅いからね、どんな珍客がきたのか興味がわいたんだ。」
「はあ・・。」


赤崎の肩越しにすらりとした人影が見えた。
シルクハットをかぶり、一目で上質だと分かるスーツを着ていた。
赤崎もとても似合っていたが、こちらは体の一部のように馴染んでいて
本当に貴族みたいだと椿は改めて思う。
ふと、目があった。

「おや、初めまして。どんな美女かと思えば男の子なんだねえ」
「え、あ!こ、この格好には・・・その・・・理由が・・・。」

あわてて弁護しようとする椿にクスリと笑うと、ついておいでと声をかけた。
赤崎は無言でジーノの後に続く。
椿もあたふたしながら、そんな二人の後を追った。







「ふーん、それは大変だったねえ。」
「はい・・あ、ありがとうございます。」

こぽこぽこぽと透き通った琥珀色の液体が赤崎の手によってカップに注がれていた。
椿はずっと動きっぱなしだった口を閉じ、一口、紅茶を口に含んだ。
苦さや紅茶の持つ香り等が交ざって複雑な味がする。おいしい。

「ザッキーが入れる紅茶はおいしいだろう?」
「はい。」

「そう言えばまだ名前を聞いてなかったね。君の名前はなんだい?」
「お・・俺、椿と言います!」
「うん、素朴でいいよバッキー。」

(バッキー・・・。またこの人は同じ事を言うんだな。)

夢か、現実か、なんだか分からなくなってきそうで椿は思考するのを止めた。
気分を切り替えて目の前の人達が居る部屋を見渡す。
テーブルにはポットと、お菓子と、瓶や食器が並べられていた。
そしてそのテーブルの周りには大小、色、形、全く統一感の無いイスが乱雑に並べられていて不思議な景色を作っている。

「僕の事はジーノと呼んでくれたまえ、そしてこの無愛想なウサギが、ザッキー。」
「あかさきです、ジーノ。」
「まあ、細かい事はいいじゃない。」

赤崎は小さなため息を紅茶と共に飲みこんだ。
こちらでもジーノに振り回される毎日を送っているのだろう。
椿は少し迷って、それでも言う事にした。

「ザキさん、そう呼んでいいですか?」
「お前まで・・!」

赤崎は眉間に皺を作り嫌そうな顔で椿を見る。
その様子に、椿はたじろいだ。
だが何か言いたそうに唇を開くもののそれ以上は動かない。
少しの沈黙のあとに続いた言葉は、

「好きにしろ・・。」

結局赤崎は縋るような椿の瞳に、負けたのだ。






こちらの赤崎も面倒見のいい性格のようだ。
別の世界から来た、男なのに女の格好をしている。
そんな椿にも疎むことなく丁寧に道を教え、世界の知識を与えてくれた。
ジーノは時々からかうような言葉を口にしつつも優しい目で二人を見守っていた。


「結局どうすれば帰れるのか方法は分からなかったんだね。」
「はい・・・。」
「じゃあ、どうするのバッキー?」
「誰か知ってそうな人を見つけて聞きながら、自分でも探してみようかと思ってます。」
「危ないよ、何も知らない君なら次は服ぐらいじゃすまないかもしれない。」


穏やかな表情を浮かべながら、ジーノは現実を口にした。
めずらしいと赤崎は横目でジーノを見て、また視線を椿に戻す。
それでも椿は表情を変えていなかった。
全てを決めてしまったような顔で、ただジーノを見ている。
ジーノはため息をつくと、唇だけで笑う。


「ところでさ、バッキー。クッキー食べない?」
「へ?」

急に空気が変わった事に椿は拍子抜けした。
思わず間抜けな顔を晒してしまい、ジーノの笑いを誘う。

「さっき、焼いてもらったんだ。この紅茶に会う果物を使ってね・・」
「ジーノ・・それって」
「うん、もう冷めてるだろう?ザッキーとってきてくれるかい?」
「・・・はい。」

にこにこと赤崎を見送ってからジーノは口を開いた。

「バッキー、君ってすごいね。」
「え?」

思い当る節のない椿はただ首をかしげた。

「ザッキーが小言も言わず、誰かの為に何かをするというのは本当に珍しいんだよ。」

基本自分が一番って子だからねえ。
そう言ってジーノは紅茶を口に運ぶ。
あんなにやさしい赤崎だか、ふてぶてしい言い方をするのも赤崎だ。
なんだか容易に想像できて、椿は苦笑いでごまかした。

「いっそ、うちの子にならないかい?バッキー。」
「君もザッキーに懐いてるみたいだし、僕ももう一匹くらい欲しいんだ。」
「犬が・・ですか?」
「ふふ、面白い事言うね。ザッキーはうさぎだよ?まあ、犬も良いね君も似合うだろうし。」
「何、馬鹿な事言ってんすか。」

コトリ、と小さな音がして目の前に皿が置かれた。
赤崎が帰って来たのだ。

「おかえり、ザッキー。」
「変な事椿に吹き込まないでくれますか?」
「シャイな君に代わって僕が言ってあげてるのに?感謝してくれてもいいんだよ?」
「はいはい。」
「まったく・・・つれないねえ。」

そんな二人の様子を見ながら、クッキーを手に取る。
紅茶に会う果物が入ってる、そうジーノが言った通り市販のモノと違って赤味が強い。
それにバターの甘い香りに交ざってもうひとつ、別の甘い匂いがした。

思わずじわりと唾液がわく。
これは・・とても、おいしそうだ・・。

口に運ぼうとして、消えた。
サク、サク、サク、と小気味の良い音を立ててクッキーは無くなっていく。

(あああ、俺のクッキー!)

そこには不思議な光景が起こっていた。
もぐもぐと口は動く、しかしそれ以外が動かない。
いや、正しく言えば口しか見えないのだ。
しかし、心当たりがある。
椿はつい最近に、口だけ動いている生き物を見た。


「達海さん・・・!!」
「おお、覚えられてた。ってか名前言ったっけ?俺。」
「おやおや、今度は何をやったんだい?タッツミー」
「べっつにー。」
「びっくりするから普通にでてきてくださいよ。」

驚き慌てる椿とは対照的に
ジーノは当たり前のように達海を受け入れ、赤崎は淡々と苦言を口にする。
さく、さく、さく、とクッキーが無くなっていく。
椿はまだ一口も食べてない。

「あ、そうそう。椿。」
「もうすぐ、パレードが始まるよ。人が集まるよ。」
「え、パレード・・?」
「何か聞けるんじゃない、行ってみたらー。」

達海はそれだけ言うと、今度は口さえも見せずに消えてしまった。
お皿に残るクッキーと共に。


椿は名残惜しそうにお皿を見た。
元居た世界では食べられそうにない美味しそうなクッキー。
特に甘い物が好きというわけではないが、あれは一度食べてみたかった。

そんな椿を励ますかのように赤崎がぐしゃぐしゃと頭を撫でる。
髪の毛をかきまわされ、椿は驚いて情けない悲鳴を上げた。
その顔に赤崎の顔が少し緩んだ、笑ったのだ。

「お前が望むならまた作ってやる、行ってこい椿。」
「またね、バッキー。いってらっしゃい。」

椿は、勢い良く深々と頭を下げた。
そして弾けるように頭を上げ心のそこから思いを口にした。

「ありがとうございました!」

ゆったりとジーノが左右に手を振る、赤崎は椿が見えなくなるまで見守っていた。




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