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 3、窪田が教えてくれた事



明るい緑、黄味がかった緑、深い緑、黄色。
カサカサカサと風に擦れて音を立てる。
実物より随分と小さくなってしまった椿はドアをくぐって歩いていた。
その先に続いていたのは森。
濃い酸素の中を深呼吸しながらサクサクと進む。
わけのわからないこの現状を椿は楽しみ始めていた。

「それにしても、きのこの多い所だなあここは。」

大きく枝葉を伸ばした木の根元には様々な色のきのこがはえていた。
形も独創的で大きさもめちゃくちゃだ。
中にはきのこというより、き、そのもののような大きさのものもある。
まるできのこの森だった。
その一つ、テーブルのような形をしたものきのこに誰かが座っていた。

「「あ。」」

お互いの存在に気付いて出した声が重なった。

「・・・・・。」
「・・・・・・・。」

二人の間に奇妙な空気が流れる。
見知った顔が見れて椿は嬉しい半面、困ってしまった。
何を話したらいいのか分からないのだ。
相手は、大阪ガンナーズの・・窪田だった。

「・・・えーっと・・・君・・。」
「つ、椿です。」
「そう、椿。椿は何をしているの?」
「さ・・・探し物を」
「探し物?大変だね、ここはとても広いから。」

さっきのチェシャ猫もそうだったが、目の前の窪田もとても眠たそうだ。
今度は動物の耳もしっぽも生えていない。
森の中に馴染むような深い緑の服を着ているだけだ。

椿が辺りを見渡す。
たしかにこの森は広い。
174センチあったあの頃なら大したことないかもしれないけれど
今の椿は10センチあるかどうかも怪しかった。

「疲れてるなら休めばいいよ、ここはとても気持ちいいから。」

サワサワサワと風が葉を揺らす。
木漏れ日が優しく肌を温めるように照らしている。
ああ、なるほど、これは眠たくもなるな。
椿は窪田の気持ちがわかった気がした。

「ありがとう、君は・・・」
「窪田。」
「窪田はここに住んでるの?」
「ううん、ここは・・・特別。」
「特別?」
「ここは特等席、静かで、優しくて、あったかくて、気持ちが良い。秘密の場所・・。」

なんだか、椿は自分がここに居てはいけない気がした。
気持ちよさげに目を細める窪田はとても幸せそうで、
そんな窪田が言う秘密の場所に足を踏み入れてしまった事に罪悪感を感じたのだ。

「ごめん。」

あわてて背筋を伸ばし、椿は去ろうとした。

「待って、だいじょうぶ。」

そんな椿を窪田が引きとめる。
よいしょと身をずらしてもう一人分のスペースを作ると
ぺそぺそと叩いて、ここにどうぞと椿を呼んだ。

「いいの?」
「はい、あなたなら・・不思議と嫌じゃ・・ないから」
「ありがとう、窪田」
「・・・・わは。」

うれしくてむずかゆくて何だか椿は照れてしまった。
僅かに頬が赤いのは二人とも同じだ。
柔らかく暖かい風が過ぎるのを感じながら二人はしばらくそこにいた。
時々思い出したように何かを喋っては、また黙って、もじもじと言葉を探す。

「・・・そういえば、何を探してたんですか?」

あ、と椿は目的を思い出して真剣な表情な顔をした。
ただ言おうとしていた内容が、あまりにも漠然としていたせいでどこから話せばいいかが分からない。その間もじっと椿を待ってる窪田に早く伝えたくって、こんがらがった。

「その、俺ここの住人じゃないんです。帰りたくて、探してて、あと小さくなってしまったから体の大きさも元に戻したくて・・!!」

窪田はぱちぱちと瞬きしながら静かにその言葉を受け止めた。
椿はちゃんと伝えられただろうかと自分自身を疑って不安に思っていた。

「あの、体を元の大きさに戻したいのなら・・何とかできるかも・・多分」
「え、本当!?」
「あ・・多分・・はい。」

付いてきて下さいと、窪田がテーブルきのこからおりた。
早くも見つかった希望に、わくわくしながら椿もつづく。

「元の大きさってどれくらいですか。」
「174センチだったと・・・」
「大きい、ね。」
「窪田・・・?」

なんだか寂しそうな窪田に椿は首をかしげた。
ちりちりと心が揺れる、できれば、そんな顔をしてほしく無かったのだ。

「大丈夫です、たぶん。」

そう言って窪田は苦く笑う。

「ただ、そんなに大きくなってしまったら・・もう、さっきみたいには話せないなと・・そう思っただけです。」
「・・・・あ。」

希望に胸躍らせていた椿は、ようやく現実と向き合った。
大きくなるというのはさよならと同じことなのだ。
そもそも、椿はこの世界の住人では無い。
あってはならないイレギュラーの存在なのだ。
突然押し押せてきた寂しさの大波にのまれてしまいそうだ。

「あ、これです。」

窪田はしゃがむと椎茸のようなきのこを手渡した。

「これを一口食べて下さい、ちょうどそれくらいの身長になります。」
「あ・・・ありがとう。」
「食べ過ぎないようにしてくださいね、食べれば食べるほど大きくなりますから。」
「うん、気をつけるよ。」

また、会話が止まる。
別れの意味を含んだその空気は澄んでいるからこそ、重い。
ためらいながらも、勇気をふりしぼって椿は口を開いた。

「でも、その・・会えてよかった。俺、窪田に会えてとても楽しかった。」
「・・・俺も、そうだよ・・椿。」

「・・ははっ駄目だ照れる。」
「わはっ。」

張りつめた空気が緩んだ気がして、二人で笑う。

椿は貰ったきのこをエプロンのポケットにしまった。
そして気付いた、今の自分の格好に。
おそる、おそる、気づかう様に窪田を見やる。

「あの・・・俺いまこんなの着てるけど・・・趣味じゃないから!!」

その急な話題の変化についていけなかった窪田が首をかしげた。
瞬きを三回して、ようやく呟いた言葉は。

「・・・・よく似合ってるから、いいと・・・思う。」

という、椿をひざまづける強力な一撃だった。
この天然め、椿は自分の事を棚に上げてそんな事を思った。




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