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 心地よい場所



倉庫だったという部屋の中
椿はベッドに腰掛け、テレビを相手に時間を潰していた。
周りはDVDや紙束が存在を主張し
狭い居場所をよりいっそう狭く感じさせている。
といってもこの息苦しさはそれだけが原因ではないだろう。
椿は、こっそり床に座ってる達海を見下ろした。

あっちこっちに跳ねた栗色の髪、その隙間から見える首筋。
視線はずっとテレビに注がれ、がりがり何かを書きこんでいる。
選手が休んでいる時にこうやって監督は仕事しているのだと実感する。
することがなくていたたまれないが、個人の部屋というプライベートな空間に
滞在する事を許されたのが嬉しかった。


恋人、世間一般にそういう関係になってまだ日は浅い。
まるで奇跡のようだと思う。
俺も男で、監督も男で。
変われると背中を押してくれたのが嬉しかった。
監督が言う言葉は自然と胸に入って来る、そしてそれが力になる。魔法みたいに。
その尊敬が好意になり恋愛という感情に代わるまで時間は掛からなかった。

「何考えてんの、お前。」

そんな事を考えていると監督と目があった。
故意に時間を止められ動けない選手達が、テレビの中で突っ立っている。
監督はベッドにもたれかかるようにして俺の顔を見上げていた。

「あの、俺・・・・」
「なんかつまらないこと考えてねえ?」

「監督が、その、」

好きだ。とか、そんな事考えてたなんて言えるわけが無い。
さっと血の気が引く感触、同時にせり上がる羞恥と熱にどうにかなってしまいそうだ。

「あの、ええっと・・」
「うん。」

にやにやにやと意地悪に監督が笑う。
さっきまでは真剣な顔をしてた癖に、今は完全に面白がっている。

「そ・・・・」
「そ?」

「そんな、姿勢だと、血がのぼりませんか?」
「はっ、その前にお前の方がぶっ倒れそうじゃねえか。」

30をとおに過ぎたらしいが、その顔に浮かぶのは悪戯を思いついた少年のような表情。
また、それがいやに似あう。

「だって椿、顔まっか。」

言われなくても、知って、ます。
そう言い返したかったがぐっと堪える。
だってからかわれるネタにしかならないじゃないか。
もう少し会話するのが上手ければ、気のきいた返事でもできたのだろうか。
あいにくそういう事は昔から苦手だ。
話を変えようと思っても次の話題が思い浮かばなかった。
視線だけがあわただしく部屋を彷徨う。
いたたまれなくて、落ち付かない。

「よっと。」

達海さんが身を起こしてベッドに上る。
そのゆっくりとした気だるそうな動作をただ見ていた。
頭は白く塗りつぶされ、全く思考がまとまらない。
つくづく、はなしべたなのが嫌になる。
単に照れ隠しだった思考が、急に不安を駆り立てる事実にたどり着いてしまった。

監督は俺といて楽しいのだろうか?

目の前の相手が好きだからこそ、飽きられたくない。
夢心地のような今の幸せを、夢になんてしたくなかった。
その思いがから回って。更に言葉がばらばらになっていく錯覚すら感じる。
無意識に唾を飲み込もうとしたが、カラカラに乾いた喉ではそれすらも難しい。

なんだ、俺。
落ちつけ、落ちつけ。
会話がつまらないのはしょうがないとして、話しをするくらいならいつもしてる事じゃないか。

静かだ。

一時停止されたテレビからは音なんてしない。
時刻は20時を回っているからクラブハウスには誰もいない。
時計の秒針だけがちくちくと音を紡ぐがそれはけして俺を和ませてくれなかった。
むしろ、はやくしろ。と急かされる気分だ。
心臓の音がやけにうるさいのも気のせいだろうか。


「つばき」


真面目な顔した監督と目が合う。
今度はお互いベッドの上にいるから、視線の高さが同じ事に今更動揺した。

監督のすじばった指が俺の頬を包む。
首の後ろに手を回され引き寄せられた。
目を閉じなければ。
そう思う暇すら無く唇と唇がくっついていた。

「んっ・・」

渇いた、柔らかい唇の感触を感じる。
手のやり場に困り、とりあえず監督の胸に手を置いた。
緊張で渇ききった口腔内を慰めるように舌が這う。
戸惑いながらも舌を絡める。
気付けば手を掴まれ、監督の首の後ろに回すよう誘導されていた。
逆らう気なんて起きなくて。
とけてしまいそうな心地良さに酔った。


唇を離して新鮮な空気を精一杯吸い込む。
息苦しいが不思議と辛いとは感じなかった。


「椿、無理なんかしなくていいよ。」
いまだ、どこか朦朧とした意識でやさしい声を聞く。

「俺はお前に楽しさを求めてるわけじゃねーし。」
返事すら出来ない。ただ、この居場所が心地良かった。

「俺はお前がこうして、傍に居てくれるだけでいい。」
ふわふわした心が熱を持つ、嬉しい。嬉しい。嬉しい。

膨張した思いはやっぱり言葉にはならないから代わりに、こくり。とうなずいた。










「監督、キス上手いッスね。」
「まあイングランドでさんざん仕込まれたしね」

おもわず目を見開いた。
監督、イギリスでどんな生活をしていたのだろう?
不安の色を隠しきれないでいると、呆れたよう監督が呟いた。

「向こうじゃキスは挨拶って事忘れてない?」

あ、そうかと一瞬納得して、待てよ。と思考がある考えを主張する。
それは愉快な答えじゃ無かった。

「あんなキス、ぜったい挨拶じゃないっスよ!!」
「うん。」

悪びれずに嘘だと肯定する監督に言葉を失った。

なんでいつもこの人はこんな感じなんだろう、息をするように自然にからかってくる。
自分じゃあどうしようもない力の差に椿は肩を落とした。
一生俺はこの人に勝つ事なんてできないだろうと思う。

「なに、なに、妬いたの? それともそんなにヨカッタ?俺のキス。」

子供のようにはしゃぐ達海に椿の男としてのプライドが削られていく。
何も答えずにいると、達海の手が椿の髪をわしゃわしゃと乱した。


「じゃあさ、俺に仕込まれてみない?」


頬を持ち上げられた椿が見た達海の顔は、たしかに経験を重ねただけの貫録があった。
普段が幼く見える反動か、年相応にうつる今の達海にはくらくらしそうな程の艶がある。



「・・・・よろしくお願いしやす。」



消え入りそうな声で呟く、これが今の椿ができる精一杯だった。




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