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 闘争



わけのわからないことばかりだ。
体中したたる水滴をふき取りながら椿は思う。
俺はこの人を知らない。

「風呂、ありがとうございました。持田さん。」
「んー。」

持田さんはぺらぺらとめくられる雑誌に視線を落としたまま、こちらを見ようとはしない。
日本代表、MF、10番、東京ヴィクトリーの心臓、王様。
誰よりも勝つ事に執着し、どんな手でも使う一方、テクニックも凄い。
視野が広くて、目線が恐い。ついでに笑顔も恐い。
俺が知る持田さんはこの程度だ。
サッカーをする持田さんしか知らない。

飲み残したペットボトルに口をつける。
流れ込む液体を嚥下すれば、同時に注がれる視線。

「椿くん、俺にもちょうだい?」

手の中のボトルを見る、のこり1センチくらいだろうか。
これじゃあ満足できないだろうに。

「すみません、もう無い・・・」
「れいぞーこ。コップは分かるよね?」

とってこいと言う事ですか・・。
まあ、いいかと大人しく従う。
小さめの冷蔵庫を開けると目当ての物は直ぐに見当たった。
何しろ物が無い。
自炊なんかしないんだろうな。
想像もできない。

2Lと表示されたボトルを手に取ると台所に向かう。
奇麗に整頓されたグラスのなかからシンプルな物を手にとって水を注ぐ。
タンブラーにまぎれてシャンパングラスやロックグラスが目に入った。
こちらは妙に納得できた、持田さんに酒はとても似あうだろう。

肌触りのよいカーペットを踏みしめ戻れば待ちわびたように持田さんが手を伸ばす。
さっきまで手にしていた雑誌は閉じられ、床に放り出されていた。
勢い良くグラスを飲み干すと、はい。とグラスを手渡される。
何も言わないからおかわりはいいのだろう。
受け取ったグラスを流し台に入れ、ついでに出しっぱなしだったペットボトルを冷蔵庫へと片づける。

「ねえ、椿くん。」
「はい。」

もう雑誌には飽きてしまったのだろうか。
興味の対象を失った持田さんが手持無沙汰に俺を呼んだ。

なんで、俺なんだろう?



数か月前。俺は偶然持田さんと街で会った。
話をしようとコーヒーショップに入ると、これも何かの縁だとメアドを交換し、
それから俺は持田さんの気が向くままに呼び出される。
用事も何もない、ただの気まぐれだ。
嫌ならば断ればいい。
そう持田さんが言うように別に行かなくてもいいのだ。
だけど断る理由がなく流された。
そうして思いがけない方向にこの関係は育って行き、俺達は、きっと、たぶん、俗に言う・・。

恋人になった。

「椿くーん。」

退屈を紛らわすように持田さんが俺を呼ぶ。
まるで子供のような人だ。
持田さんの所に戻る頃には、ずいぶんと不機嫌な表情を浮かべていて。
そんな持田さんの目と合った瞬間とっさに俺の背筋が伸びた。
慣れる筈が無い、怖い物は怖い。

「ははっ、なに、俺が恐い?」
「え・・いや・・その・・・。」

楽しそうに持田さんが笑う、俺は笑えない。
立たせて。そう言うように持田さんが両手を伸ばした。
本当に子供みたいな人だ。そう思ってのばされた手を掴む。


その一瞬で景色が変わった。


椿は床に引き倒されていた。
目の前にはぎらぎら猛禽類の目をした持田が楽しそうに口元を歪めている。

「も・・持田さん?」
「ははっ・・反射神経いいよね、椿くん。今とっさに受け身とったでしょ。
何されたかもよくわからなかっただろうに。」

感心したように持田は目を細めた。
ぞくりぞくりと椿の背に電流が走り、寒気に襲われる。
それは恐怖と、警戒と、ほんの少しの快楽。
それが椿の体を震わし、同時に、何かを燃やし始めた。

その目に宿った色を見て、いっそう持田の口角が上がった。
しかし、目は笑わない。ただでさえ鋭い刃が更にとぎ澄まされ、ぎらぎらと輝くのだ。

「ほんっとうにいいね、椿くん。あー、イライラする。そんでムラムラする。」

不思議そうに眉をひそめる椿を嗤って、首筋に指を沿わす。

「俺、君がすげえ好きだわ・・・。君さあ、いま自分がどんな顔してると思う?」
「・・・・・。」
「わかんないかなあ、君の目、俺を喰い殺そうとしてんだよ。」

椿は少しだけ、目を見開いた。

「いい根性してるよね、その向上心へし折って、ぐちゃぐちゃにしてやりたくなる。」

椿の首に絡んだ指がある一点で止まる。
持田はたまらない様子で隆起したそこに噛みついた。

「・・・・・・っ!!!!」

喉仏に噛みつかれ、椿は声にならぬ悲鳴を上げた。
本能が危険を察して叫ぶ、その声に従い椿は持田の腹を蹴り上げ、
ひるんだ隙に腕で持田を払い落した。

「意外と、乱暴だよね。椿くん。」
「・・・・どっちが・・。」
「きっと俺達はどっちも肉食獣なんだよ。」


椿の足元に投げ出された雑誌が落ちている。
さっきまで開かれたからだろう癖づいたページに自分の記事が載っているなんて
椿は知らない。
他人から得た情報など価値は無い。
持田は先ほどつくづくそう思った。

何か言いたそうにしている唇に、持田は唇を重ねた。
今度は椿も抵抗しない。
そのキスを受け入れてしまう程には椿も愛しているのだ、目の前の男を。
下の名前すら知らない、持田と言う男を。


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何も知らない、知った所で目の前の相手と繋がらないから意味が無い。
目で体で本能で、見たままのわずかな部分で繋がるモチバキが好きです。




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