文章 | ナノ


 おだいじに



達海さんが風邪を引いた。
そう永田さんから話を聞き、自分が風邪を引いたわけでもないのに心が重くなった。
監督大丈夫かなあ、なわけないよな、しんどいだろうな。
心配と不安がぽこぽこ湧きあがって来て、どうしても落ち付かない。
せめて顔だけでも見たいと思ったが言い出す前に看病なら私がしとくからと
練習に行くように促されてしまった。

え、あ、だとか意味の無い言葉しか出てこない内に背中を押され、
椿君は選手なんだからうつっちゃ大変でしょう?と念を押されてしまえば
もはや振り向く事すら出来なくて、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。



椿がグラウンドに向かうのを見とどけて有里は達成感からふぅ、とため息をついた。
すると後ろから声をかけられ振り向く、立っていたのは後藤だった。

「はい、有里ちゃん。」
「あ、マスクだ。」
「君だって大事なETUの一員だからね、風邪なんて引かれたら大変だ。」
「ありがとう後藤さん。」

マスクを有里がすると顔の半分以上が隠れてしまった。
有里は少し癖を持つ柔らかい髪をかきあげ、マスクに挟まった髪を引き出す。

「達海の調子どう?」
「んー、やっぱ辛そう。鼻はそこまでじゃないんだけど、ずっとせき込んでる。」
「そうか。早く良くなればいいんだけどな。」
「そうだね。」


そう言う有里の顔も後藤の顔もどこか暗い色を浮かべている。
やはり誰かが体調を崩すとチーム全体の雰囲気まで調子がくるうようだ。
アットホーム、そう評されるようにETUは家庭的な雰囲気を纏っている。
フロントと選手の間にいる監督が風邪を引いたとなれば重い雰囲気はどちらにも伝わる。
姿はちらっとしか見えなかったが先ほど有里と話していた選手を後藤は思った。


「さっきまでそこに居たのは椿だよな?」
「うん、達海さんが風邪を引いた事知って凄く心配してた。」
「あいつ達海に懐いてるもんな。」
「懐いてるって、後藤さんまで椿君の事犬扱い?」

くすり、と有里が笑う。

「いや、そういう意味で言ったんじゃないけど・・・まあ、
寂しそうに行った姿見てたら無いはずの垂れた尻尾が見えた気がしたな。」

「しょうがないよ、私たち以上に風邪ひかせられないもの。」
有里はふうとため息をついた。

その顔は本意では無いと物語っている。
達海の事を心配する椿の気持ちが分かるから、本当は追い出すなんてしたくなかったのだろう。

「手伝うよ有里ちゃん何かする事はあるかい?」
「じゃあ・・・」

まるで家族のようだ。そう思いながら後藤は有里を連れその場を離れて行った。





練習が終わり夕日に染まったクラブハウスの廊下を歩く。
おもわず忍び足になってしまうのは、俺の体を気遣ってくれた永田さんの言葉をむげにしている罪悪感からだろう。
たとえ彼女に見つからなくても同じ事を監督に言われるだろうと想像できる。
それでもどうしても監督の顔が見たかった。
苦しみをとりのぞけたらいいのだが、そんな事なんて出来る訳が無いし、
せめて何かできたらいいけれど、そんなものなど無いだろう。
そこまで分かってはいても何もしないのはあまりに寂しすぎて耐えられなかった。

もう少しで監督の部屋に着く。
ノックはするべきか?いや、もし寝てて、これで起してしまうのは申し訳ない。
でも無断で入っていいのか、そんな事を考えている内に目的のドアが開いてぎょっとした。


「やっぱり来たか」

目前の人物はそういうと少し笑った。
叫びそうになるのをなんとか堪え、思わず止めた息をゆっくり吐き出した。
よかった、永田さんじゃあ無かった。

「すみません後藤さん、どうしても顔見たくって・・・・」
「まあ、有里ちゃんに追い出されて寂しそうに練習に向かうお前見てたらそうなると思ったよ。」
「あ、あの、俺うつらないように気をつけますから、その、・・・」

「お願いします。」

そう言って勢いよく頭を深く下げた。
体調管理も一つの仕事、そう言われるプロスポーツ界で俺のしようとしている事は失格なんだろう。




「椿、頭上げろ」

「・・・は、はい。」
「ほら、ちゃんとマスクしておけ」
「あ。」
「帰ったら手洗いうがいちゃんとしろよ。」
「はい! ありがとうございます。」

あまり長居すんなよ。そう言って後藤さんは仕事に戻って行った。

開けたままで会話していたから今の会話は監督にも聞こえてしまっているだろう。
ノックはせず、失礼します。とだけ声をかけ部屋にはいる。
いつもより部屋が整頓されているのはおそらく永田さんが片づけたからだろう。
ベッドの傍に置かれた丸イスに腰掛ける。

あれ、寝てる?

返事が返ってこなかったのは風邪の辛さが原因ではなかったらしい。
もぞもぞと布団の中で動き、気に入った所でも見つけたのか今度はぴたりと動かなくなる。
おそるおそる手を額に乗せると驚くほど熱かった。
どうやら熱が上がりきってしまったらしい。
額から手を離し、髪をすく。汗でしめった髪に指を通しながら寝顔をじっと見つめた。
紅潮した頬に渇いて荒れた唇。寝顔が穏やかなのが唯一の救いだろうか。
逆の手で布団からはみ出たてのひらに触れると汗ばんでいてこっちも熱い。
普段は俺の方がずっと熱いのに。

小指が達海さんの親指に触れた時、突然ぎゅっと手を握られた。
驚いたけれど、同時に必要とされてるようで少し嬉しい。
視線を寝顔に戻すと、閉じられたまぶたが震え潤んだ目が薄く開いた。

目と目が合う。

気分はどうですか?何か欲しい物はありませんか?すみませんきてしまいました。
言うべき言葉はたくさん思い浮かんだのだが何ひとつ言わなかった。
どこかぼんやりとした力無い目がいつもと違い過ぎているからかもしれない。
髪を撫でていた手を離そうとすると逆に腕を掴まれ目元まで引き寄せられた。
アイマスクのように目を覆う状態になる。

寝てると思ってやりたい放題している間は何も思わなかったのだが
正常に戻った今となっては非常に心臓に悪い。
急ピッチで血液を送り出そうと激しく弾む心臓とは真逆に
流れる空気はとてもゆったりして逃げ出す気にもならない。むしろ

「つばき」


「・・・はい。」


「俺が寝るまでで良い。ここにいてよ。」


自分の手が監督の表情を覆い隠しているから想像するしかないが
そういう監督の声に力は無く、寝るまでそんなに時間はかからないだろうと思えた。
居させてくださいと答えると。口元が嬉しそうに持ちあがった。
なんだか胸がいっぱいになって、涙が出そうだった。

結局予想通り、直ぐに達海さんは夢の中に帰ってしまった。
むしろ俺がここに居たのも夢と思っているのかもしれない。
名残惜しいが絡まる指から手をはずす。
穏やかに寝ている事を確認して・・・。





マスク越しにキスを落とした。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
奏汰さんをはじめ全ての風邪引きさまへ捧げます。

お大事に、早く元気になって下さいませ^^




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -