文章 | ナノ


 鳥籠・9



「寝れない・・・。」


ぼんやりと視界いっぱいにひろがる天井を眺める。
電気はとうの昔に消され、部屋はまっくらであるが長い時間ものおもいにふけた
椿の目には部屋の様子がぼんやりと見えていた。

もぞりと体を動かし、寝返りをうつ。
何か考えようとすると達海の言葉を思い出し、
考えないようにすると達海の声が頭の中でよみがえってくる。
ようするに、椿の頭の中は達海の事でいっぱいだった。

好きだ。

この言葉がとても重く感じる。
そう多くは無いが恋愛の経験が全くない訳では無い。
だからこそ、こんなに重く感じるのだろう。

断れば二人の関係は二度と過去には戻らない。
好きじゃなくても付き合い始めてみれば好きになる場合もある。
ならない場合もある。
どうすれば相手を傷つけずになんて考えても答えはどこにもない。
傷つかない恋愛なんてないからだ。

相手の事を思えばちゃんとひどい事を言わなければいけない時もある。
その覚悟ができなかったから先延ばして逃げてしまったが、
そうした事で俺は監督の事を何度も何度も傷つけたのだろう。
監督の為にも、俺の為にも今ここで答えを出さなくちゃいけない。

ああ、最初に逃げるのでなく断れば良かった。

あの時なら出来た。
今は・・

今は断る事を自分が恐がってしまっている。
つまり俺は監督を愛しているのだろうか?
そう考えると、もわりと湧く違和感がちがうと答える。
俺が感じる感情は友情のような親愛なのだと脳が叫ぶ。
だからこそ、離れるのが嫌なのだ。

それでも別の違和感が残る。

じゃあなぜ監督に「椿大介」として、一人の人間として見てほしいと思うのだろう?
ただ親しい関係でいたいならサッカーを通して選手と監督の関係でも良いじゃないか
ならどう言う事だ? 考えても考えても答えはでない。
そうこうしている内に考えが本題から離れてきた事に気付いてため息を吐いた。

さっきから考えている事は同じだ。
何度も何度も道に迷って、結局元の場所に戻ってきてしまう。
これでは答えは一生かかっても出ないだろう。

もう一度ため息を吐いて寝返りをうった。
視界に目覚まし時計が入ったが、針の示す時間を見るのが恐くて目を閉じた。
早く寝ないと明日が大変だ。
そう思えば思う程目は覚めていった、考え過ぎた頭が重い。
タオルケットを引き寄せてもう一度寝ようとしたが、
いつまでたっても椿に眠気は訪れなかった。





「酷い顔だな、椿。」
「・・・・はは、やっぱり?」

呆れたような顔で宮野に言われた。
夏のキャンプでもこんな事があったが、原因を思えば何倍もそちらの方が良かった。
プレイの方も想像通り、いや、それ以上に悪かった。
思う様に体は動かないし、周りの意図を何も汲み取れないから足を引っ張るばかり。
視野は凄く狭くってそれなのによけいなものばかり目についた。
集中できてない証拠だ。
危うく接触しかけて、今怒られている。


「椿、もう今日は帰れ。」

なにくわぬ顔で言う監督にいろんなものが込み上げる。
貴方の所為だ、そんな気持ちも勿論あるのだが、
それ以上にメンタルでプレイが左右される自分の弱さが頭にきた。
同時に呆れられてしまっただろうかと不安が込み上げてきて、
今はそんな事考えている場合じゃないだろうと自分を責めた。

なんなんだ、なんなんだ。
俺はどうしたい?

あれだけ好きだったサッカーにさえ影響が出た事が信じられなくて
言わなければいけない言葉を見つける事が出来ず呆然と立っていた。
そのうち周りからこちらの様子を気にかける視線を感じ、ふいに意識が戻る。
思わず頭を深く下げ、「おつかれっした」と叫ぶと椿はシャワー室に駆け込んだ。

悔しくて涙が止まらなかった。






シャワー室を出ると既に更衣を終えた宮野が待っていた。

「え、あれ、練習・・・・」
「とっくの昔に終わったっつーの、たく何時間浴びてたんだよ。」

時間の感覚がわからなかったけれど、周りの様子から察するに練習は終わり
みんな帰ったようだ。わざわざ宮野は待っていてくれたのか。
やたら感動してしまって、とまっていた涙がまた出そうになった。
宮野にばれないうちに頭にかけていたタオルで拭いてごまかす。
俺はいい友達に恵まれてた。


「宮野、喉渇いた」
「お前のおごりなら付き合ってもいいぞ」

軽い口調でこちらを見ずに宮野が言う。
何も気にしてないように言う宮野の気づかいが嬉しくて
考えるより先に言葉がでていた。

「・・・ありがとう」
「気持ち悪い。」

即答だ。

「ひどい、宮野。」
「あー、はいはい。」

下らない事を話しながら歩く、それだけで心が凄く軽くなっていった事に驚いた。
俺は考える事に向いて無いのだろう。

なかなか沈まない太陽が夕陽に代わる頃、とにかく暑くて
どこか店に入ろうという事になった。
イスに腰掛け、すぐに運ばれてきたグラスを手にとって口づける。
水に浮かぶ氷を眺めながらどこから話そうか、言葉に詰まった。

「・・・・・で、どうしたんだよ。」

宮野はテーブルに肘をつけ、気だるそうにてのひらに顎を乗せる。
メニューの文字に目をやりながら、促すようにちらりと椿を見る。


「宮野なら、どうする?」

手の中のグラスがカランと音を立てた。

「その、告白されて・・・付き合う気は無くて、でも離れたくもない場合・・・。」

返事は無い。
あれ?と椿が不思議に思って宮野を見ると
目を見開いて、固まっていた。
5秒、10秒と時が過ぎ椿が不安になって来た頃ようやく宮野が口を開いた。

「なんだ、そんな事かよ」
「そんなって! 俺からしたら大問題なんだけど・・。」

宮野の軽い返事に椿は憤慨した。

「悪い悪い、そんな怒るなよ椿。」

慌てる事無く、いつもの調子で宮野は続けた。
少し不機嫌だった椿もすぐに落ち付き宮野の言葉に耳を傾ける。
昼時を過ぎた事もあり店内に客はまばらだが、流石に迷惑だったかと椿が周りを見るも
誰も気にした様子は無く、ただ落ち着いた空気が流れている。

「もっと酷い事想像してたから、安心したんだよ。」

恥ずかしさにいたたまれなくなって、そわそわと椿はグラスを弄る。
おそらく椿が何か重い言葉を吐き出すだろうと覚悟をしていただろう宮野は、
ようやくグラスに口付けて、一度に半分ほどを飲みこんでから言った。

「ふうん、よかったじゃん椿うらやましい。」
「どこが、」
「俺なんてサッカーずくめでずっと出会いねえし」

それは俺もだよ、椿は思ったがややこしくなってはかなわないと言葉をのみこんだ。

「なんで付き合いたくねえの?好みじゃ無かった?」

性別と立場、そう言いたいが、これも口に出す事では無い。
少し考えて答えた。

「嫌いじゃないけどそういう風に見れない、たぶん。」
「曖昧だなー。」
「だから困ってるんだよ、返事できなくて・・・。」

運ばれてきたアイスコーヒーに口づける。
苦い風味がささくれた心を少し慰めてくれる気がする。
目の前では同じ色した液体の中で小さな気泡が駆け巡るのが見えて
いつも似たような飲み物を飲む監督を思い出してしまい、
ああ駄目だ重症だと椿はため息を吐いた。

「そんなに悩むような事か?」
「・・・・・・うん。」
「そういう風に見えないなら断ればいいじゃん、無理して付き合うのって辛いぜ」
「だよなあ。」

それは分かっている気がする。

「だけど、断ったら・・・・・その・・」
「離れたくないんだ、椿。」

先回りされた言葉に話の終着点を失ってしまい、椿は黙った。
椿の中で答えらしきものの形はとても曖昧で、
掴もうとすればするほどするすると逃げてしまう。
そこにあるのは矛盾に満ちた感情のかたまりだった。

「その人の事大切だから傷つけたくないの?」
「その人と会えない事で傷つきたくないの?」

言われた言葉を何度も繰り返し頭で考えて、考えて、返事をした。

「どっちも違う気がする。」

それだけの返事をするために椿はたくさん時間をかけた。
真剣に吐き出す言葉には短い言葉でも重みがある。
悩み続ける椿を見て、ああ、そういうことか。となんとなく宮野は気付いた。
なんだ、椿。答えは出てんじゃん、お前の中で。

「どんな人、その人?」
「え?」

急に変った会話に椿は付いていけなかった。
ええと、と言葉を濁して・・・・。

「よくわかんない」
「なんだ、それ。」

今日の椿は私生活でも絶不調だ、とりあえず宮野はそう結論付けた。



ドアを開けると途端に流れこむ気だるい熱に嫌気がさした。
夕日は沈み、だけどまだ暗くも無い。
歩き出すと、どこかの家の夕食だろうカレーの匂いがした。

「カレーパーティ来年もすんのかなー」
「やりたいな、俺楽しかった。」
「マジで? 椿苦手かと思ったああゆうの」
「ああゆう賑やかさ、好きなんだよ俺。」

家に帰る子供とすれ違い、寮へ向かって足を動かす。

「俺はさ、椿。お前の好きなようにしたらいいと思うぜ」
「え」
「難しい事考えてごちゃごちゃになってるみたいだけどさ」
「・・・うん。」
「おまえ、もうしたい事決まって無いか?」

何が言いたいのか分からない椿は困ったように宮野を見た。
決まってたら相談なんかしてない、そう言いたそうだ。

「考え過ぎなんだよ、頭悪いくせに。寝て起きたら決まってるよ。」
「は?え・・・?」

なんだそれてきとう過ぎないか、とか、頭悪いって失礼だなあ、当たってるけど
だとか、そんな簡単な話じゃないだろう、とか。
言いたい事が沢山思い浮かび過ぎて逆に椿は言えなくなった。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -