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 思い出に縛られる



初めて見た椿の部屋は思っていたよりずっと奇麗だった。
達海はぐるりと部屋を見渡す。
ベッドに、木製のシンプルな棚、あまり大きく無いタンス、テレビ台に座るテレビ。
低いテーブルと座布団。
目につく物をとりあえずあげてみたが、椿の部屋にある物はだいたいそれぐらいだった。
あまり物は無い。

「達海さんコーヒーくらいしか無いんスけど大丈夫ですか」
「うん、甘めがいいなあ」
「ウス。」

小さなガスコンロがカチカチと音を立てる。

コーヒーが出来るまでの暇つぶしにテレビをかけると映る試合に見入った。
録画はしてあるし、今見る必要は無い。
だけど条件反射のように思考が駆け巡り、手がうずく。

「ねえ、椿なんか書くもんある?」
「棚にメモ帳とペンがありますよ。」

言われた場所を探すとそれらは容易に見つかった。
ばり、と一枚切り取ってがりがり書き始めて気付いたざらりとした感触。
なんだと目をやると、そこには椿が通っていたのであろう学校名が刻まれていた。
卒業記念品、随分昔に俺も貰った記憶がある。
それは今もインク切れもつまりも起さず、すらすらと書けた。

「どうぞ」
特徴の無い白いマグカップが机の上に置かれる。
一言礼を言って口づけた。
少し苦いが後味は甘い、これなら飲めそうだ。

「椿これってお前の学校名?」
「ああ、そうです。中学の時にもらった奴っス、それ。」
「ふーん、随分持ってんなあ」
「中身は買い換えて使ってますから。」
「へえ?」
それは以外だった。

見ればボールペンに刻まれた文字はところどころ欠けて読めなくなっていた。
だいぶ使い込まれたものらしい。

「なんか捨てれないんですよね、そういうの。」

そう言うと椿は持っていたマグカップに口づけた。
ペンを見てるようで、椿はどこか遠くを見ている。
目を細め、柔らかい、優しげな顔をして微笑む。
中学生時代を思い出しているのだろう。

まだ若けえ癖に、
椿は過去をいとおしむように生きている。


「良く言えば物持ちがいいって事ですけど、そのせいで実家の部屋は物だらけっス。」
「それにしてはここは物が無いな。」
「ほとんど置いてきました、あっても困る物ばかりでしたから・・・。
今でも使えて、運んでも壊れないようなモノだけ持って来たんです。」

「ふうん」

思考は試合から完全に脱線していた。
もう一度椿の部屋を見渡す
すると焼けて色が変わってしまった写真が入た写真立てをはじめ、
ところどころ使い込まれた品物が目についた。


物持ちが良い、ねえ。

何年立とうと、見た目が悪くなろうとも捨てず今でも傍に置く姿を見て。
ひとつ、達海は思いついた。
俺もなにか贈れば、椿はそれを大切にし続けるのだろうか。

例えば・・・・・・指輪とか。

時が経ち恋人という関係が壊れても、移籍や引退で立場が変わろうとも
結婚して新たに家庭を持ってさえ、ソレを通していつまでも俺を思うのだろう。




ぞわり。





背筋が凍るような背徳感と共に言葉にできない興奮がよぎる。
いつまでも俺の存在は消えない思い出となり大切にされ続けるのだ。
それはとても甘美で魅力的であると同時に絶対にしてはいけない事のように感じた。
思い出を大切にする事は駄目な事じゃない。
だけど、こいつの場合は



思い出に縛られる。

長い年月をかけて地層が出来上がるように
椿は思い出を背負い続けてしか生きていけない人間なのだ。


もう一口、コーヒーを口に含んだ。
甘さと苦さが混じり合う。
それはまるでエゴと愛情が混ざり合う今の心情のようだった。




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