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 鳥籠 7



目ざましに起され
朝食を食べ
練習に向かい
ボールを追っかける。
部屋でだらだらしたり、誰かとだべったり。
(その相手は宮野や赤崎さんや世良さんが多い)
グラウンドに忍び込んでボール触って
夕食食べて。
しばらく監督と一緒に部屋で過ごして
寝る。


変わらない毎日。

監督は部屋まで夕食を持ってきてくれる事に味をしめたらしい。
朝はきちりと食堂に向かうくせに夕食は降りてくる気配が無くなった。
食堂のおばさんは監督に甘く、もはや俺の顔を見ると二人分の夕食を手渡してくれる。

おかしい、こんなつもりではなかったのだけれど。
・・・まあ、いいか。
赤崎さんに聞かれると呆れられそうな事を思った。

思った事は口に出さないと気が済まない赤崎さんが言うには
何を言われても流されやすく反抗しない俺の言動はよくわからない事らしい。
俺としては流されやすいとは思って無い。
別にそこまで嫌じゃないから受け入れているだけなんだけど
そう言うと赤崎さんは、はあと重いため息をついて
そうかよ、じゃあいい。
と話を切った。
呆れられてしまったらしい。

気を悪くしただろうか?
そう思っていると後で世良さんが教えてくれた。

「あいつ、後輩にはすげえ甘いの」

今の、お前がETUに来てから日が浅いし、
年下だから嫌なのに言えなくて困って無いのか心配してんだろうぜ。
椿が困って無くて、ならいいやと安心しただけだろ、きっと。
顔と言動に見合わずいい奴なんだよ、うんうん。
だから椿も気にする事ねーよ。
俺に対してもそんな思いやりができる奴ならもっといい奴なのにな!

そう言って、恨みを込めた目で赤崎さんを見る世良さんに思わず笑ってしまった。
すごく心が暖かい。分かりづらい優しさがただ、ただ嬉しかった。
俺はETUが好きだ。
こんな暖かい人達と思う存分サッカーが出来る。
それが楽しくない筈が無い。

だから、怖かったのか?
自分の中の曖昧な気持ちを捕まえようと、もくもくと考える。
達海さんとの空気が悪くなったきっかけを思い浮かべようとする。
それすら曖昧になりかけていて、
そうかと思うと鳥肌が立つほど怖くなる。
もうだいぶ日が経って思い出すのに時間がかかってしまうのに
監督の熱を孕んだ目だけが忘れられない。

変わってしまうと確信した直感。

今はそれが正しいのかどうかすら分からないのに。
今更気にしてどうする?
宙ぶらりになっているのが気持ち悪いのか?
言葉にする勇気もないくせに。

そこまで考えてもやりもやりと湧く不可解な気持ちにくじける。
うう、やっぱり気持ちを言葉にするのは苦手だ。

それも、今となってはどうでもいい事か。
そう気持ちを切り替えて二度インターフォンを鳴らす。
それを合図に達海さんが出てきて俺の部屋を開けてくれ、
二人で飯を食べる。
もはや日常の習慣となっており、監督に対して苦手意識は無くなっていた。





「もう、8月も終わりですね」

部屋には食器がカチャカチャたてる音と互いの声
そして秋を予感させる虫の鳴き声だけが響いていた。
食べ終わった監督がお茶を口に含む。
何かを考えながら、壁に掛けられたカレンダーをぼんやりと見つめていた。
俺も最後の一口を口に含むと、空いた食器を流しに運んだ。

ざー、ざー、と流れる水で食器を洗っていると監督の声が聞こえた。
手元の水が立てる音が以外にも大きく聞こえ辛い。
蛇口をひねり水を止めた。


「すみません、なんですか?監督。」
「俺、9月になったらクラブハウスに戻る。」

「え・・。」

突然の事に驚いた。
なんとなくこれからも、この日常が続くと思い込んでいた。

「もう女医さんの怒りも静まったし、切りもいいし。」
「・・・・そう、ですね。」

振り返ると、監督と目があった。
水音で足音が聞こえてなかったけど、
思った以上に達海さんが直ぐ傍に立っていた。

「だから、椿。」

目が合い、逃げるようにすぐにうつむいた。
駄目だ、瞬間に思った。
心が震える。

言わないで

制止しようと思わず監督の服を掴んだ。
うつむく顎を掴まれ上を向くように持ちあげられる。
ぎらぎらした目が恐い。
空いていた手であごにかかる手を跳ねのけようとしたが
逆に手首を掴まれ引き寄せられる。

そして、抱きしめられた。
肩に、背中に、腹に、達海さんの体温を感じながら動けないでいると
耳元に監督の声が降って来る。


言わないで!



「すきだ」




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