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 1111事件



意味無く開かれたケータイが1をたくさん並べている。
そんななか、突然窪田が言った。

「・・・・・はい。」

口にくわえた棒状の菓子を上下に揺らしながら不器用に窪田が話す。
世間的にはサラダ味が好評のようだが、椿はほのかに甘いローストが気に入っていたりする。
いやいやいや、今はそれどころではないのだ。
あまりの衝撃に思考が全力で駆け抜けようとした。

11月11日、スティック状の菓子が数字の1に似ているからと言って決められた
この菓子の日ではあるが、だからといって合コン定番ゲームを迫る日ではない筈だ。
たとえそうだとしても、全く照れずいつもの表情で迫られてしまえばときめくものも
ときめかない。
これは間違いなく窪田が考え行ったのではない、窪田の性格なら鼻血は出さなくても、
もう少し照れだとか、ためらいだとかが表情に出る筈だ。

椿の背中に汗が流れる。
窪田、今度は何を吹きこまれたのだろう。

窪田が所属する大阪ガンナーズの拠点の所為かチームメイトはユーモアがあって
ノリがイイ選手が多いと、前に窪田が話していた。
そんな中、窪田のような嘘を簡単に信じてしまう選手は格好の餌食とされてしまうようだ。
以前にも窪田は同じポジションの先輩達にある事無い事吹き込まれ随分と歪んだ東京のイメージを刷り込まれていた。
イントネーションからして窪田は関西が地元じゃないだろうに・・・。
東京に一度は来た事あるだろう、無くてもテレビなんかを通して接点はあるはずだ。
なんで騙されたのか、いや、窪田だもの、そんな事もあるか。
きっと今回も間違い無く、あの人達が発端に違いない。

いや、犯人が分かっても目の前の事件は解決しない。
「食べる」か「断る」か。
どちらかを実行しないかぎり解決などしないのだ。

とは言ってもどうする俺、どうする俺!?

窪田は不思議そうに俺を見ている。
口の中が渇いているのが分かる。
緊張、というより動転している、あー! だめだ、逃げたい。
でも窪田はまだ不思議そうに俺を見ている。
ならば応えなくては。

窪田の肩に手をかけた。
その手は情けなく震えていて、自分の気の小ささが嫌になった。
ゆっくり息を吐いて幾度となく助けられた言葉を呪文のように繰り返し呟く。


『自分の中のジャイアントキリングを起こせ・・・!』


次の瞬間、俺は窪田の口から菓子を奪って口づけた。

見つめながら食べ続ける度胸と根性は無いのだ。
閉じた目を少し開けると目をまんまるにして驚く窪田が視界に入る。

仕掛けて来たのはおまえだろうに。
うう、顔から火が出そうだ。
触れるだけのキスをして離れる。
首を反らせ息を吸う、勢いを付けるために無意識に止めてしまったようだ。
しかし息を吐きだす暇すらなく唇はまた触れあった、今度は窪田から。
真剣な目とかちあって、逸らせなくなって、見つめながらキスをする。
これが恥ずかしくてゲームを避けたのに結局同じ事ではないか、
そのうえこちらには菓子の長さ分の距離も無い。
ああ、窪田も男なんだなあと思うと背筋にゾクゾクと悪寒のような刺激が走った。





「どうしてこんなことしようと思ったの?」

深まる秋に寒さを感じる筈なのに汗がにじみそうなほど暑い。
そのへんにあった雑誌で風を送りながら窪田に問う。

「こんなことって?」

何とぼけた事を!
そう思って振り向くと、本当に不思議そうな顔をしていてガクリと膝折れするような脱力感に襲われた。

「その、菓子を・・・」

遠まわしに言っては分かりにくいかもしれないが、
こちらの事情で言えそうにない。
恥ずかしいのだ、勘弁してくれ。

「ああ、その、えーっと・・・畑さんと片山さんが・・・
好きな人がいるんやったら今日はこれ買えって勧めてもらって・・・
『この菓子の先っぽくわえて待っとき、今日はそういう日やさかい。喜ぶで』って。」

ビンゴか!くそ、やっぱりあの人達のせいか!!
照れからくる居心地悪さに八つ当たりの言葉が思い浮かんだ。
これは次の大阪戦、気合いが入りそうだ。

「『ポッキーゲームは合コンや罰ゲームの基本や、ちゃんと今日練習しとけや窪田』って片山さんにも言われたし・・・。
椿、俺今日初めてポッキーゲームしたよ・・照れるね。」

機嫌良く楽しげな窪田の話しを聞きながら、
椿は自分がしでかした罪とこれから起こるだろう罰を察した。
だからといって黙っておく事は椿には出来ない。
まっすぐに信じてしまう窪田の事だ、このままではポッキーゲームを誤解したまま
見知らぬ誰かと窪田がキスをしてしまう。
それだけは防がなければならない。

「窪田違う、今のはポッキーゲームじゃない・・・!」
「え、違うの?」
「その、ポッキーゲームはその、ポッキーを奪うゲームじゃなくて・・・」

両側から齧り合って照れて折ったり、食べるのを止めたりすると負けな宴会用ゲームだ。
そう説明すると、窪田が袋から新しくプリッツを取り出した。
それを口にくわえる。

「やろっか、椿?」

よりいっそう楽しげな表情を浮かべた窪田に言われてしまえば断れる筈も無く。
やはり、仕切り直しという罰は執行されたのだ。
午前11時11分の出来事であった。




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