文章 | ナノ


 鳥籠 6



「ああ、それ監督さんの物なのよ。」
「そうなんですか、もうぎりぎりの時間なのに」
「今日も食べないつもりなのかしらねえ?」
「今日、も?」

心配そうに皺寄せたおばさん達が言うには、監督は時々連絡もなく夕食を抜くらしい。
それを気にしたおばさんが翌朝、朝食を食べに来た監督に声をかけるとごめんと軽い調子で謝られ、
またある日突然同じ事が起きる。
外で食べてるようでもないし、大丈夫かしらねえと心配そうに話すおばさんが辛そうに見えておもわず言ってしまった。


「監督の分、持って行っても大丈夫ですか?」
「あら、それはいいわ!是非そうしてちょうだい椿君、もういっしょに食べてきなさいよ。」
「え・・?」
「いいじゃない。一人で食べるより、だれかと食べる方が美味しいにきまってるんだから!」
「そ、そうです・・ね?」
「今、温めなおしてくるからちょっと待ってなさい。食器は明日返してくれたらいいから。」


おばさんが口ぐちに言うパワーに押されて、気付いたら思っても無い方向に話が進む。
今、監督と二人っきりになるのは気まずいので出来れば避けたかったのだけど。
永田さんに頼まれてるし、それに

「はい、じゃあ頼んだわよ!」

元気いっぱいの笑顔になったおばさんがお盆をさしだした。
湯気を立てる二人分の暖かな料理が乗ったお盆を両手で持つ。
食堂のドアはおばさんが開けてくれたけど、これじゃあ何もできない。
料理を床におくのは抵抗がある。
監督隣の部屋にいてくれたらいいんだけど・・・。



先ほど、ふと思い出したのは貧血を起こして倒れた監督の顔だった。
顔色は青白く、苦しげな表情を浮かべ、返事も出来なかったあの時を思い出すと
今でも背筋が寒くなる。
食事を一度抜いた位じゃあそうはならないだろうが、
思いついてしまった不安はそう簡単には拭えないのだ。


でも、どんな顔して食事に誘えばいいんだろう。
行動と感情が一致しない状態はどうも苦手だ。
俺はどうしたいのだろう?
自分の事なのに自分がわからない。

最近は監督とサッカーの事しか話して無いし、監督から浴びるような視線も感じなくなった。
それに安心した一方、どこか落ち着かない。
このままの関係を保ちたい。
それが俺の気持ちだった筈なのに、なんで落ち着かないのだろう?
わからない。
結論を見つけるより先に、監督の部屋の前についてしまった。

あ、どうやってインターフォン押そう・・。






「「いただきます」」


監督を目の前に箸を動かす。
きゅっと気道が詰まっているように感じる、緊張しているのだ。
お茶で渇いた口の中に潤いを与えようとした。
ごくり、嚥下と同時にため息を飲みこむ。
気まずい・・・。

豆腐を食べやすい大きさに切りながら気になった事を口にした。
「監督は、」
「よくある事なんっすか、夕飯食べずにいる事って・・」
監督がこちらを見る、視線を受けつつ目は合わせないよう俺は豆腐が入った皿を見る。

「たまにやっちまうんだよ、時間忘れて作戦考えたりとか。」
監督の視線がサバに移った。

たまに、ですか。
数日おきに食事抜いてるとおばさんから聞いてますよ。
数日おきはたまにですか。
もう体を大事にしろとか言われても説得力無いですよ、監督。

思わず顔がひきつった、ような気がする。

「・・・後藤さんや永田さんが監督の事を気にかける理由が分かった気がします。」

後藤さんも永田さんも面倒見がいい。
だから尚更ほっとけないだろう、大切な人が自分の体をぞんざいに扱うなんて。

「そう?」

監督の返事は軽い。

「ほっといたら死んじゃうんじゃないか?とは、思いました。」

「・・・なんだそれ、子供じゃあるまいし大丈夫だって。」
「すみません。」

とは、いったものの、ほっとけない。
フットボール馬鹿病と名付けた永田さんの気持ちが今ならば良く分かる。
この人一度夢中になったら集中しすぎて周り見れなくなる人だ。
作戦を組み立てるのはこの人にしか出来ない。
食事を抜く事すら厭わないくらいサッカーが好きなのだ。
自分にも当てはまるだけにこの人をせめようとは思わなかった。

ならば。

「監督が、食べ損ねそうになったらまた誘っていいですか?」

少しだけ、この人を手伝えたらいいと思った。
食事を始める時は緊張して碌に味がしなかったけれど。
だんだんほぐれてきたようで、今は美味しく感じれる。
ああ、そういえばおばさんがさっき言っていたなあ。

「いいけど、なんでそこまで?」

「だって、ご飯って一人で食べるより誰かと食べた方が美味しいじゃないですか。」
こんな理由では駄目だろうか?

「俺とでも?」
もやりと湧く不思議な感情、さみしさと疑問と居心地悪さと少しの好奇心が混じったこの気持ちをどう言えばいいのかが分からない。
和え物と一緒に感情を飲みこむ。

「はい。」

嘘は言って無い。
ご飯は美味しい。
そして、この人の傍に居る事は




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -