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 鳥籠 5



運び込まれた資料を収めるような本棚が寮には無く。
期間限定で使うのだから、わざわざ買うのも勿体ないという事で
倉庫代わりの部屋と自宅用の部屋を使う事で解決した。
その一つが椿の部屋の隣である。
空き部屋がそこしかないのだから仕方が無い。
椿は有里に達海について任された事を気にしていたが
それは肩すかしをくらう事になった。

ベランダ越しに隣をみれば、カーテンの隙間から光りが漏れるので
相変わらず夜ふかししてるようだが、朝食の時間に成ればきっちりと食堂にいる。
練習にも遅刻する事が極端に減った。
ああ、これなら心配はいらないか。
いつからか椿はそう思うようになっていた。
そしてそれこそが達海の意地と精一杯の予防線だった。

そうして何も無く、現状に慣れ始めた頃。
すっかり夜になった事に慌てた椿が食堂に駆け込んだ。
また今日もグラウンドに忍び込んで練習をしていたのだろう。
事情を知るおばちゃん達は椿を叱りながら、それでも暖かい夕飯を渡してくれた。
ごめんなさいと恐縮しながら椿が受け取る。
そうして、気付いた。
もう一人食べていない人が居る事に。
「あれ、俺で最後かと思ったらまだ食べてない人がいるのか。」

トレイに並んだ食事はラップを掛けられだいぶ時間が過ぎたようだ
裏側が曇って露になり、すっかり皿が冷たくなってしまっている。

「ああ、それ監督さんの物なのよ。」
「そうなんですか、もうぎりぎりの時間なのに」
「今日も食べないつもりなのかしらねえ?」
「今日、も?」

心配そうに皺寄せるおばちゃん達を椿が見つめた。



「あ、やべ、もうこんな時間か。」

試合が終わるきりのいい所まで見て、達海はDVDを取り出した。
それをケースに戻しながら時計のデジタル数字を見る。
『21:13』
暖かいお袋の味を楽しめるのは21時までだ。
またやってしまった。

「・・・・腹減った、気がする。」

腹に隙間ができたような違和感に眉をしかめた。
好きな時に食べる生活を続けて来た身としては、
定時に食事する習慣になかなか馴染めないもんである。
しょうがねえし、菓子でごまかそうと箱に手をかけた瞬間、インターフォンが鳴った。
気だるい体をばきばき音を鳴らしながら伸ばす。
のしのし歩きながら相手を確かめる事無くドアを開けて、一瞬固まった。

「よかったこっちにいたんですね。こんばんは監督、一緒に夕飯食べませんか?」

ほかほかと湯気が漂う皿を乗せて、椿が立っていた。




つやつやご飯にサバの塩焼き、ほうれん草の胡麻和え、ネギやみょうががどっさり乗った冷奴に
ほくほくのさつまいもや根菜など具だくさんな豚汁と桃が入ったヨ−グルト。
テーブルに並んだ色とりどりの料理を前に二人で手を合わせた。

「「いただきます。」」

クラブハウスの達海の部屋の再来となった監督の部屋では置くスペースが無い。
そう判断した椿は達海を自室へと誘った。
言われた達海のテーブルには紙と紙と紙束がどっさり占領していて、
直ぐに片づけれる状況でも無かったので大人しく椿に従う。

いただきますなんて、ひさしぶりに言ったなあ。
箸でさばをほぐしながら達海は心の中で一人ごちる。
目の前の椿は豆腐を箸で切って口に運ぶ。
かちゃかちゃと、箸と食器の音が響いた。

「監督は・・・」

一度手を止めて、椿を見た。

「よくある事なんですか、夕飯食べずに済ます事って・・」

「たまにやっちまうんだよ、時間忘れて作戦考えたりとか。」
また箸の動きを再開させてサバの身を口に運んだ。


椿は無表情だ、なんか怒ってるような悲しんでるような、呆れてるような。
ああ、たぶん最後の呆れてるが一番正しい気がする表情をしていた。

「・・・後藤さんや永田さんが監督の事を気にかける理由が分かった気がします。」

「そう?」

「ほっといたら死んじゃうんじゃないか?とは、思いました。」

「・・・なんだそれ、子供じゃあるまいし大丈夫だって。」
「すみません。」

いや、あやまらなくてもいいんだけどなあ。
声に出さず、達海は思う。
豚汁をずずずと吸って、飲みこんだ椿が目線も会わせず言葉を発する。

「監督が、食べ損ねそうになったらまた誘っていいですか?」

びっくりして、手が止まる。
椿が何を考えているのかが分からなかった。
有里から宜しくと頼まれた事を気にしているのだろうか?
それとも、本当に気付いてないか、大したことじゃないとでも思ってるのか?

「いいけど、なんでそこまで?」
「だって、ご飯って一人で食べるより誰かと食べた方が美味しいじゃないですか。」

「俺とでも?」

茶化すようなニュアンスで言ったはずだったのに思った以上に硬い声になった。
椿はゆっくりと和え物を噛んで、飲みこんでから

「・・・・はい。」

と答えた。


確かに最近食べた食事の中で、今日の夕飯が一番旨い気がした。




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