文章 | ナノ


 放課後



たくさんの机とイスが並んでいるが使われているのは2脚だけだ。
これらを使うほとんどの生徒は帰宅するか、部活に励んでいる。
椿も今の時間、弾むボールを夢中で追いかけているはずだったが
今は窓越しに活気ある声援を聞くことしかできず、じれったい思いをただ耐えて
一枚の紙切れと格闘していた。

「手、止まってんじゃねえか」

ぺしん、と丸まめた教科書で頭を叩かれた。
うっ、と小さく声をもらし、椿はそのまま机に突っ伏した。

「先生、も、出来る気しません。」
「・・たく、そんな弱気じゃあ解けるもんも解けねえよ。」

よろよろと起きあがった椿が再度シャープペンを握りしめプリントを睨む。
そして、しばらく問題を眺めて、眺めて、眺めて。
そこから先に進まなくなった。
思わず教師である達海はため息を吐く。

「お前部活行きたくないのか」
「行きたいです!!」
「俺も行きてえよ、だけどそれ出してくんないと補講終わんないんだけど」
「わ、分かってはいるん・・すけど・・・。」
「・・はぁ、もっかい教科書見ていいから基本の形覚えろよ。
基本ができてないといつまでたっても解けねえから、それ。」
「・・ウス。」

他の教科はなんとか平均点くらいは取れる癖に自分が教える英語だけは赤点とってくるのだ。
俺の教え方が悪いのかと思ったが、どうやらそうでは無いらしい。
こいつ根っこからアルファベットに対して苦手意識を持ってやがる。
これは一度や二度の補講ではすまないだろうなあ。
ふと西日が眩しくなってきたのが気になって、一度立ち上がりカーテンを閉める。

明らかに元気を無くしてる教え子の教科書を奪い、本を立てるようにして広げた。
「ここはな・・・」
教科書を覗きこむように椿が前傾姿勢になる。
その瞬間、ぐいと達海が顔を近づけた。
重なる唇と唇。
触れるだけのキス。
廊下からは教科書が邪魔になって何をしているか見えないだろう。
性急に近づいたのと同じ速さであっという間に達海はまた離れて行った。

「やる気出たか?」
「・・・ぁ。」

椿は何が起こったか分かって無いようだ。
しかし、すぐに耳まで真っ赤になって、もう一度と縋るように達海の袖を握る。
「・・・・達海、さん。」

椿は再度、教科書で頭を叩かれた。

「気が早ぇよ」
すっかり照れてしまった椿に文法の基本を教えながら気分を切り替えさす。
愛しい教え子には甘い飴だけじゃなく厳しい鞭も必要なのだ。
だからがんばれよ?

「ちゃんと終わらしたら、とびっきりのご褒美やるよ、大介。」
「・・・・・ウス。」

俺の代わりに松っちゃんにサッカー部を任せたけど多分いじられてんだろうな。
ひとくせもふたくせもある奴らだ。まともな練習になってるといいんだけど。

カーテンを少し開けてグランドを見ようとすると西日が教室を赤く染めた。

西日に照らされるまでもなく赤く頬を染め、真剣に問題を解く椿を見ながら
まあ、たまにはこんな放課後があっていいかと達海は思う。
その達海の顔はやわらかく微笑んでいた。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -