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 鳥籠 4



やっぱり普通そうだよな。

朝になって部屋に戻ると部屋の前で達海さんと会った。
鍵を貰ってドアを開ける。
昨日は大人しく寝たようだ、部屋の様子は何も変わって無かった。

着替えながら、途切れた思考を繋げる。
男が男を好きになる、きっと普通はありえない事だ。
自分とは程遠い所であるのかもしれないが、自分と縁があるとは思わなかった。

監督が、俺を、好き。

何度考えてもしっくりこなかった。
勘違いじゃないかと何度も思った、というか今でもそう思っている。

そもそも根拠も証拠も何もない、ただそうじゃないかと思っただけだ。

その、自分で言うのも情けない事だけれど俺は本当に小心者だから
視線なんかは敏感に感じてしまうのだ。
それが監督からだと思うと余計に何か悪い事しただろうかと
気になって気になって何度も監督を見る癖がついてしまった。
だからこそ、監督の持つ空気の違いに気付いたのかもしれない。

目は口ほどに物を言う。

それを体現するかのように監督の目は雄弁に思えた。
練習中に視線が合った時はそんな事は無いのに、
ピッチから離れると視線に混じる“なにか”にじわりと危機感を感じる。
大きな事が変わってしまうような焦燥感に、正面から目を合わす事など出来ず
気付かない演技をするのに精一杯だった。

俺は監督が好きだ、尊敬しているし、あこがれている。
俺が情けない俺自身が嫌いでもがいていた時
「変わりたい」と思った俺を肯定してくれた。
背中を押してくれた気がして、嬉しかった、勇気が出た。
俺を認めて、期待してくれてる、だからこそ監督に応えたかったし頑張れた。

もし、本当に達海監督が恋愛の意味で俺を好きだったとしたら
断るにしろ受けるにしろ俺と監督の関係は変わってしまうのだろう。
いくら公私の切り替えができるといっても、割り切れないものだって、ある。



あれ?

そこまで考えて、自分の思ったことのおかしさに気付いた。
“断るにしろ、受けるにしろ?”
何故、“受ける”って思ったんだろう、昨夜は宮野のたとえ話だとしても
男と付き合うなんてありえないと考えるまでも無く即座に断ったくせに・・?

無意識に天井近くの壁を見ながら心を探ろうとして壁時計が目に入った。

「あ。」
気付いたら朝食に間に合わない時間になりかけてる。
やばい、朝食無いとか嫌だ。
急いで履きなれたスニーカーに足を通すと、やはり鍵なんてかけずに椿は飛び出した。




その日の練習が終わった後、椿は監督の部屋に向かった。
荷物運ぶの手伝いますから、そう言ったからにはやらなければいけない。

「えーと、これとこれとこれ、で、そっちのケースのやつ」
「これ全部か、達海。」
「うん、がんばってね後藤。」
「なに全部後藤さんに運ばせてんの、達海さん!」
「え、全部じゃないじゃん、椿もいるし。」
「引っ越す本人が一番頑張りなさいよ・・!!」

この時椿は初めてクラブハウスの達海の部屋に入ったのだが、想像以上の散らかしぶり
に言葉を失った。
引っ越す準備の前にまずは部屋の片づけからしなくてはならない。
空いた段ボールにDVDやら書きかけのメモやら入れていくと直ぐにいっぱいになった。
そしてまた段ボールを用意する、そうして気付いた事はこの人がサッカー漬けの毎日を
送っている現実だった。

まず、私物がほとんどない。
膨大な量の資料を片づけてしまえば、とたんにがらんと片付いた部屋には驚いた。
後に残ったのは僅かな生活用品と、服と、菓子だけだ。
監督の私物はダンボール1箱と紙袋だけで収まってしまった。
その代わりに結構な量になったダンボールの最後の一個を担いで後藤さんの車へと運ぶ。
一日のうちどれだけサッカー費やせばこうなるんだか。

その途中、ダンボールをふたつ抱えてよろよろと危なっかしい足取りで進む永田さんが目についた。

「ひとつ、俺の上に乗せて下さい。」
「わ、ありがとう椿君!じゃあ言葉に甘えて」

有里はダンボールを椿の持つダンボールの上に重ねた。
肩や腕にかかった負担を和らげるようにぐるぐる回すと、はぁとため息を吐く。

「資料くらい軽いもんだと油断したわ、めちゃくちゃ重い・・・」
「本当にすごい量ですねこれ・・・」

運んだダンボールはおそらく普通の乗用車では一度じゃ運びきれないだろう量がある。
これは狭い寮の部屋に収まるんだろうか?

「次に対戦するチームを研究するだけで部屋を埋め尽くす人だもん、
これが12チーム分となるとこんなことにもなるよ。ああ、今になって
達海さんがクラブハウス住みたがった理由がようやく分かった気がする。」

いつでも手に届く場所に資料を置いときたかったからだろうか?

「本当に仕事熱心なんですね・・・」
「あれはもう病気だよ、フットボール馬鹿病!」
「・・たく、人の事好き勝手言いやがって」
「わ、いたんだ達海さん!」

監督はポケットから手を出すと俺が持つダンボールを一個奪った。

「ワーカーホリックには言われたくねえよ。」
「うっ!」

永田さんと話しながら駐車場に運んで行く。
あんまりにも自然な動きすぎて、お礼を言うタイミングを失った。
テンポ良く進む会話に口をはさむタイミングを掴めなくて、ただただ聞き役に徹して
駐車場まで行くと後藤さんの車が短くクラクションを鳴らしてここだと呼んだ。

「有里、お前はここまででいいよ、後は向こうで手伝ってもらうから。」
「はいはい。じゃあねお疲れ様、椿君、大変だけど達海さんの事お願いね!」
「はい。」
しまった、とっさの事に驚いて肯定の返事をしてしまった。
「おい。」
監督が不満げに永田さんに声をかけた。
しかし永田さんだって折れない。
「だって達海さん夜ふかしばっかするから朝起きれないじゃん!私だって寮まで起しに行けないもん。」
言葉を返す暇さえ与えず永田さんが押し切る。つ、つよい。
「ちゃんと出来るのなら言わないけど、達海さん、この事に関しては私達海さん信じてないから。」

「後藤、お前の彼女が恐い」
「・・・・・・・・・!!」

とたんに永田さんの顔が真っ赤になって固まった。言葉がでないようだ。

「それだけお前の体を心配してくれてるんだ、大人しくしたがっとけ達海。」
「・・・・へーい。」
「じゃあ後ろ開けるから乗せてくれ達海。椿は後部座席から頼む。」
「はい。」

まだ固まってる永田さんを見ると、とんとんと肩をたたかれ後藤さんに呼ばれた。
俺にしか聞こえないように耳元でささやかれる。

「この事はオフレコで頼むぞ、椿。」

二人とも自然過ぎて気付かなかったが、つまり、こういう事なんだろう。
声に出さず、肯定の意を縦に首を振ることで伝えた。

永田さんはまだ固まっている。
どうやらこの口勝負、監督の勝ちのようだ。



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