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どうしよう。
あまりにもびっくりしすぎてとっさに逃げ出してしまった。
そういえば挨拶すらしてないや、突然飛び出して失礼だったよな・・。
冗談だったかもしれないのに真に受けた俺が馬鹿すぎる。
それこそ俺と王子の関係を教えてしまったんじゃないか、と思うと
自己嫌悪に押しつぶされそうだ。

軽蔑されたらどうしよう・・・。
嫌だけど俺は仕方が無い、でも誰かに軽蔑され侮辱される王子は見たくない。

どれほど時間が立ったのだろう。
頭が落ち着いてから、このままでは寮に帰れない事に気付いた。
肌に張り付く布が冷たい。更に吹き抜ける風が一層寒さを感じさせて体が震えた。
こんなに濡れた状態では電車にも、バスにも乗れない。

呆然としていると後ろからクラクションが聞こえた。
振り向くと見覚えある赤いマセラッティ、とっさに運転手を確かめれば
王子がふらふらと手を振っていてなんでここにいるのか!と驚き、同時に全部貴方のせいだと
責めたいような、泣き出したい安心感のような様々な感情があふれて、こぼれそうになる。

「あーあ、派手にやられたね バッキー?」
「・・・・なん、で?」
「はい、忘れ物。」

手渡されたのは見慣れた自分のケータイ。
あれ、どうして王子がこれを?
不思議に思って王子を見ていると楽しげに王子が笑う。

「よっぽど慌ててたんだねえ、バッキー。落としたの気付いて無かったのかい?」

落とした、いつ・・?
あ、もしかして、さっき持田さんの部屋でだろうか!?
となると、王子がこれを持ってるという事は・・・・・

「会ったんですか!?持田さんと」
「うん。それと、はいこれ」

バスタオルだ、王子どこまで持田さんに聞いたのだろう?
再び湧いた不安と焦りに血の気が引いて、どんどん体が冷えていく。
俺の所為で関係が持田さんにばれたかもしれない。
こんな、だれにも、受け入れられるはずが無い関係を・・・。



「どうしたのバッキー? そんな顔して、まるでこの世の終わりみたいだ」
「お、俺の所為で持田さんに、ばれたかも、しれません。ごめ、ごめんなさい!」

「わ!?」

頭からタオルをかけられてごしごし拭かれた、あわてている間にあとこち拭かれ
湿り気をおびたタオルごと王子に抱きしめられた。
「こんなに体冷やして・・・、震えてるじゃないバッキー。」

普段だと俺の方が体温高いのに、今は王子の方が暖かい。
震えてるなんて気付かなかった。
なんで王子はこんな状況で笑っていられるのだろう・・?

王子に手をひかれ赤い車に乗り込む。
シートベルトをしてエンジンをかける王子は先ほどから機嫌がいい。
わわ、頭を撫でられた!

「えらいね、バッキーちゃんと付けてくれてるんだ。役に立ったみたいだね」

役に立つ?
不思議に思って王子を見るもそれ以上答えてくれる気は無いらしい。

「寮に着いたら起してあげる、ちょっと休んでいいよ。」

慌てっぱなしの俺とは違って王子は凄く余裕がある、俺が悪く考え過ぎてたんだろうか?
少し心に余裕ができると、ふわふわとした安心感も湧いてきて大丈夫なんだと思えて来た。

暖かいな・・・・。

だまりこんでしまった椿が、だんだん落ち着き和らいできた事を確認してジーノは胸中でため息を吐いた。
椿の心配は本当に大丈夫なのだ、持田が男同士こんな関係に引いてなじるような奴ならば
水なんてかけなかっただろう。
それより心配なのは持田が椿に好奇心以上の関係を持ちたがってる事だ。
椿は気付かないのだろうか、持田が香水を嫌がった理由を。

椿の忘れ物を受け取りに行った時に出迎えた持田の挑む視線が蘇る。


「やあ、王子様。わざわざご苦労だったね」
「全くだよ、飼い犬が僕を足代わりにするなんて生意気にもほどがある。」

ケータイを手渡しながら、持田が笑って言った。

「おそろいの香水なんてあからさますぎじゃない、それ。」
「僕はただ、僕のモノに名前を書いただけだよ」

それを聞いた持田は、眉をしかめた。
笑いながらも好意がそげ落ちて行くのが分かる。
面白がるように、かつ、睨みつけるように見る持田は底冷えする迫力を纏っているのだが
そんな持田を相手してもジーノは竦む事も競う事もせず、態度を変えない。
椿は自分のモノだ、そんな絶対的な自信が垣間見えたようである。


「ふうん、気に入らない。」
「書いておいてよかったよ、あの子はどうやらいろんな物に好かれるみたいだしね。」

「例えば、俺とか?」
「人のモノに手出さないでくれると嬉しいんだけど。」

試すように王子が微笑む。
冗談で済ませるか、本気で挑む気があるのか。
その態度を見た持田の目にいっそう熱が籠った事を確認して
やはりこうなったかと顔には出さず嘆息した。

「やーだね。俺命令されるの嫌いなんだ。」

持田からは引く気はないようだ、だからといって譲る気なんて全くないが。

問題は椿に自覚が無いだけに、リスクに気付けない事だ。
自ら蜘蛛の巣にかかるような真似はしないでほしいが、流されやすいだけに心配だ。
先ほど酷く怯えていたから大丈夫だと思いたいけど・・。

信号待ちの間に様子を見やれば、呑気にあくびをかみ殺す愛犬がひとり。


・・・・本当に先が思いやられる。




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