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 形の無いネームプレート



ジノバキ←持田

甘い枷その後の話



手の中の四角い箱。
書かれた文字を何度か読んで、結局良く分からないんだけど、
中身を取り出す。
シンプルな瓶に入った液体。
見た事はあるけど、一生縁は無いだとうと思ってたソレは
練習以外で外出する時は必ず付けるようにと王子に渡された香水だ。

やっぱり、柄じゃないよなあ・・。

恐らく質も値段も素晴らしいだろうそれを受け取るには気が引けて
首を振って全力で遠慮したけど気付いたら押し切られた。
使い方まできっちり教えてくれたが、自分で使うのは今日が初めてだ。

ちょっと買い物したいだけなのに、つけないとと思うと気が重い。
自分でもばかばかしいと思う、律儀に守らなくてもきっとばれないだろうに。
だけど、こんな時に限ってあの時の嬉しそうに笑う王子を思い出してしまって
言いつけを無視できなくなるのだ。
香水を付けただけでそれだけ喜んでくれるのなら、付けてみてもいい、かな。


指に少しにつけて、足首、腰に付ける。
立ち上がる甘い香りにギクリと心臓が跳ねた。

そっか、この香水王子と同じ物だった・・・・。
ますます俺では似あわないと気遅れするが、このまま王子を思い出す匂いが漂う
この部屋にいるのも恥ずかしくて、気持ちを切り替えた。

まあいいや、誰に会うでもないし。


と思ったんだけど・・・。
こんな時に限って会ってしまう物らしい。

「やあ、椿君」
「こ、こんにちは、持田さん」

「すっげー偶然じゃん、こんな所で会うなんて。何してんの?」
「ちょっと、買い物に・・。」

「買えた?」
「あ、はい。」

「だったら、これから暇?」
「はい・・・・、はい?」
「俺の家こっから直ぐなんだ、ちょっと寄って行きなよ。」
「あ、え・・・っと、その・・・」

突然の事に戸惑っていると、
たたみこまれて持田さんの家にお邪魔する事になった。
かなり気が引けるが断わる理由が思い浮かばない。


どこにでもあるようなたわいない話をしているうちに
直ぐに持田さんが住むマンションにたどり着いた。
本当に近所だったんだ・・。


どうなるかと思ったが持田さんの笑顔がちゃんと好意的でほっとする。

最初はびっくりして、引いてしまったけど話してみれば持田さんは案外普通の人だ。
いや、普通で当たり前なんだけど・・
こう、試合中の迫力や重圧、勝利への執念の凄さが印象に残り過ぎて
怖い人というイメージが強いのだ、だからこうしているとなんか・・・・・

「不思議な感じだよね」

心に思っている事を声に出して言われ、弾けるように視線を持ち上げた。

「ユニフォーム脱いで、ボールも追いかけずにこうしているのが」
「というより一致しない、っていったほうがいいのかな?」
「ピッチを切り裂くように駆ける君とこうやって目の前でコーヒー飲んでる君が」

分かる気がする。
それは、こちらも同じだ。
あの王様のような雰囲気を今のこの人からは想像できない。
中断期間前のあの一戦、今にも張り裂けそうな緊張感に包まれた試合の中持てる者全て
ぶちまけたいと思った凄い相手。

好きにされた悔やしさを火種に燃え移るように
あの時の意気や熱も同時に思い出させる。
じわりじわり、心の奥底で何かが燃えているようだ。

「あ、いいね今の目。」
「・・やっと重なって来た、あの時の君と」

持田さんの口が弧を描く。
さっきと違う所は好意を感じられないところだろうか。

「復活早々邪魔してくれたあの時とか」
「完全に前を防がれた状態で無理やり足を伸ばしたあの執念とか」

一歩持田さんが近づくだけでぞわりぞわりと電流のようなものが流れる気がする。
そして、また一歩、もう一歩、歩みを進める度に目の前の男がVの王様と印象が重なる。

「ああ、今すぐ試合出来たらいいのに」

今にも触れられそうなほどの距離で目の前に立ちはだかるは王様。

「今度こそぼこぼこにしてあげる、椿。」

重圧に押しつぶされそうになるのを跳ね返すように屈みこんで見下す王様を見上げた。
目線が重なり、絡まって、焼け落ちそうな程熱い。
ドクン、ドクン、と耳元で熱が脈打つ。フィールドの歓声が、笛の音が聞こえた気がした。




膨らみ過ぎた風船が弾けたように突然空気が緩んだ。
持田さんの空気が変わったのだ。
持田さん越しに壁や家具やインテリアが視界に入ったとたん、熱はどこかに霧散した。

も、持田さん顔が近い、近いです!
これ以上後ろに下がる事も出来ずにただただ慌てていると持田さんに抱きつかれた。うわ、あああ、あ・・!

「あーあ、出来ない事をいつまでも言っててもしょうがないか、にしても、えらくいい匂いがするねえ、椿君。」
「えっ!」

ああ! そうだ今日、俺・・・
王子に貰った香水の事を思い出して急に恥ずかしくなってきた。
い、いたたまれない。

「その、貰い物・・・して。」
「香水みたいな洒落た物貰うんだ、椿君」

ぷ、ははは!と、遠慮せず笑ってくれる持田さんにもそうだけど
事の発端である王子に当たりたくなってくる。
いや一番悪いのはちゃんと断れなかった俺だけれども。

「王子が、くれたんです・・・・」
「あれ、ファンとかじゃないんだ。」
「・・・はい」

急に、持田さんの笑い声がやんだ。

「似あわない。」

分かってた事だけど、目の前でこうもはっきり言われるとずきりと落ち込むのはなんでだろう。
香水が王子と同じものだから、だろうか。
まるで王子と俺では釣り合わないと言われたような錯覚にずぶずぶ沈んで行きそうになる。
そんな意味で言われた訳じゃないのに。
・・それに俺と王子の関係を知ってる筈も無いし。

「落としなよ、椿君。風呂沸かしてあげる」
「あ、いや、そんな!良いっすよ、そこまでしていただかなくて!!」
「・・・・へえ、気に入ってるんだ。」

いや、そうじゃない! そうじゃない!!
はず・・?
え、もしかして、気に入ってるのか俺!?

「・・・・・らない」
「え?」

聞こえなかった。
聞き返そうとして、目の前に飛び込んできたのはボトル一杯の水だった。
ぎゅうと目を瞑って水の衝撃に耐える。
水は頭から顔、胸元、足、床へと流れ落ち、ぐっしょり全身に沁み込む。
冷たいとか、何するんだとか、そんな気持ちは湧かなかった。
そんな事より突然の衝撃に頭が付いて行かないのだ。
今、何が、どうなった?

「濡れちゃったね、風呂入って行きなよ。」
にっこり好意的な笑みを浮かべて持田さんが笑う。
敵意を感じない事が逆に怖い。
無限にわきあがる疑問と衝撃に気が動転する。

「それとも、そんなにイイの?王子様が・・。」
茶化すように笑う持田さんの声を聞いた瞬間、弾けるように立ちあがって
カバンを掴み、廊下を駆け抜け、もたれかかるようにしてドアを開けた。
靴もつっかけた状態だから、思う様に走れなくて、余計に焦った。

どうして知ったのだろう、いつばれた?
こわい、恥ずかしい、どうしよう、なんでこうなった?
駆け抜ける様々な衝動が頭を占領して真っ白く染め上げた。



「ありゃ、マジで図星だったか」
ずぶぬれになった床の傍に落ちている物に気付いて拾った。
無事かどうか確かめる。
画面を開いていくつかボタンを押すと問題無く繋がったようでなにより。
5回コールがなった所でようやく相手が出たようだ。

「もっしもーし」

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