文章 | ナノ


 ありがとう、あいしてる。



いつもの練習風景、ピッチを駆け回るいつものメンバー。
その中に椿が居ない。
そんなはずは無い、どこかにいるはずだと背番号をよくよく確かめる。
4、20、15、9、10、1、11・・・・

見つからない。
横を向くと丸い体に丸い頭、松ちゃんがいた。

「ねえ松ちゃん、椿が居ないんだけど?」
「はあ?」

凄く不思議そうに見られた、なんだよ?

「まだ寝ぼけてるんですか監督? ウチに椿が居るわけ無いじゃないですか」
「え?」
「椿はドイツのチームに移籍したじゃないですか!」
「は?」

そんなはず無いだろう?
もう一度背番号を確かめた。

14、6、2、25、17、30・・・・・7!
見つけた。なんだよ、やっぱりいるじゃないか!

「椿!」

背番号7を付けた男は振りかえらない。
いらだちと不安が駆け回ってもう一度叫んだ。
それでも聞き流され、こちらを見ようとしない。
我慢できずに何故か動き辛い足を強引に動かして7番を追いかけた。
肩を掴む。
「おい!こっち向けよ。」

振り向いた男の顔を見て固まった。
全く知らない顔だった。
だれだこいつ、椿はどこだ、まさか本当に・・・?
ぐらりと頭が真っ白になった。

いや、真っ白になったのは頭では無く、光の所為のようだ。

チチチと鳴く小鳥の声が耳に入る。
目を開けると見慣れた景色、いつもの部屋。

・・・夢?



「あ、目が覚めました?おはようございます達海さん」
タオル片手にどこかに行こうとしていた椿の背中を慌てて捕まえた。

慌てる椿を無視してこちらに向かせる。
強引に顔を引き寄せ、そうっと顔を包み込むように手をそわす。
手から伝わるは柔らかな肌の感触、暖かな体温。

(椿はここにいる。)

溢れる焦躁感を消し去りたくて、椿の唇を貪るようにキスをした。
寝起きでか、拙く動く舌を強引に動かし必至で絡める。
椿のうなじ辺りを押さえ、ぐちゃぐちゃに髪を掻きまわした。
顎に沿わせてた手は、確かめるように顔の輪郭をなぞると
どんどん下に降りて腰を抱きしめる。


「つばき、つばき・・!」


とにかく椿に飢えていた。

ここにいる事を確かめたくて、椿を感じる。
耳で、口で、舌で、手で、体で、心で。それでも足りない。

「・・・ハァ ハァ、た、つみさん・・?」

達海は椿と目が合うとぎゅうと力いっぱい抱きしめた。




その後何度もあの時の夢を思い出す。
最初は椿の喪失に恐怖し鳥肌が立った、しかし同時に納得もしていた。

在りえない事ではない。

むしろ、何年かしたら本当にそうなっているかもしれない。
大きな舞台に立ちたい、自分の力を試したいという気持ちは誰だって持ってるだろう。
もちろん、椿だって。

自惚れで無くこのチームを愛し俺と言う監督を慕ってくれているのは分かる。
今のアイツにそんな事考える余裕はないだろうが、数年経てば話は別だ。


力なく達海は笑った。


・・・エゴで選手を縛るなんて事があってはいけない。
誰よりも俺が知ってんのにな。


近過ぎたのかなあ、俺。



いつでも触れられるこの位置はあまりにも居心地が良すぎたのかもしれない。
盲目的になっている事すら気付かないほど浮かれていたのだ。

少し距離を置いた方がいいだろう。
さんさんと降り注ぐ日差しを受け止めピッチを駆け回るアイツが凄く眩しい。

達海は目を細めた。



「・・・。」



一歩下がればおのずと視界は広がるもので、改めて見れば
どれだけ生活の中に椿が入り込んでいたのかが分かって今更ながら恥ずかしくなった。

歯ブラシが二本コップに寄り添ってる様は凄くシュールだ。


気を取り直してペットボトルに手を出せば残りは無く。

冷蔵庫まで足を延ばせば、そこにも無く。

渇いた喉にじりじりと照りつける太陽に、重なる不運にいらいらする。


「しゃあねえ、コンビニ行くか」




で、こうなる訳ね。

「あ、達海さんも買い物っすか。」

こちらを見つけたとたん、ぱっと嬉しそうに笑うから、じわりと嬉しさが込みあがるのだが今の俺には目に毒でもあって、うん、複雑だわ。


いつもならそのままうち来るか位は話すのだが、ささくれた心に
かさぶたができるまでは触らずにいたいので今日はこのまま口に
出さないで耐えようと決めた。

寮へと帰るこいつと、クラブハウスへ帰る俺との分かれ道まで電柱5本分。

コンビニからの帰り道、湿気を盛大に含んだ風は生温く引きずるようにして足を進めた。



たわいもない話をしながらだらだらと歩いて別れるはずだった。
前触れも無く、椿は言った。


「達海さん俺まだまだ頼りないけど、その、抱え込まないで下さい」

ビクリと弾んだ心臓を無視して足を動かす、なるだけ自然に、悟られないように。

「もし、もしですよ。俺も関係してる事で悩んでるなら・・・」

「嫌ですよ、全部自分の中で決めちゃうの。
俺にも聞く権利、下さい。いっしょに考えさせて下さい。」

いつもぼんやりしてるくせに、こんな所だけするどいとか、
たいがいにしてくれ、くそ。
震えるような椿の声に胸が締め付けられるように痛んだ。
先ほど決めた決心がぐらりと揺らめいてポロリと言葉がこぼれてしまう。


「椿、うち来る?」


真剣な顔でこちらを窺う椿に笑いかけた。
椿の目に俺はどう映ってるんだろうか?


次へ




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -