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 甘い枷



試合が終わり移動用のバスに乗り込む。
席は決まってこそいないが、一部指定席のようになっている場所がある。
例えば一番前は達海監督と松原コーチ。
そして、一番後ろがジーノとドリさんといった風に。

しかしこの日はいつもと勝手が違った。
村越さんの横にドリさんが座った事がきっかけで
椿がバスに乗った頃にはジーノの横しか開いておらず、椿に重圧を与えている。

「し、失礼します。」

一言声をかけると勇気をだして椿は端に腰かけた。
かちこちに固まる椿とは対照的に、ジーノは長い足をだらりとイスに投げ出し
ゆったりとくつろいでいる。
バスが動き出しても椿はジーノの方を見ることができず
ひたすら窓に映る景色ばかり眺めていた。

だからこそ椿は気付かない。
ジーノの視線に、その笑みに。


バスは高速の入り口に入った。
これから延々と車と山と道しかない単純な景色になるかと思うと少し憂鬱な気分に成る。
寝てしまおうか?
いくら緊張しやすい性癖だと言っても長時間続けば慣れるものだと椿は知った。

その時、ふと肩に暖かな温度とふわりと甘い匂いを感じた。

「・・え?」

思わず振り返るとぐきりと首が痛んだ、長時間窓ばかり見ていたせいだ。
高い鼻に、涼やかな目元。楽しげに弧をかく口元。
ジーノがすぐ側に居た。覗きこむようにこちらを見ていて思わず叫びそうになった。

「そんなに気を張らなくてもいいよ、バッキー」
「あ、はい!」

そう言われても走り始めた鼓動は落ち着くそぶりを見せてくれない。

バスの最終座席は横に長い。
そこに二人しか座らないものだからこんな状況になる筈が無かったのだ。
つまり、俺の肩を枕に王子がもたれるこんな状況に!

「今日さぁ、マークがしつっこくてさあ疲れちゃったんだよねー」
「はぁ」
「と言う事で大人しく枕になってよ、バッキー。」


(なんでそうなるんだ)
自然と耳に入る会話に一つ前の座席に座っていた赤崎は気だるさに襲われる。
言い返せ、椿。と思うがしかし椿だ。

「あ、はい、どうぞ。」

何の疑問も持たず椿が許可を出したことにため息が出る、まぁそうなると思ったが。

「うーん、あんまり心地良くないねえ」
「う、すみません」

(謝らなくていい、椿。絶対王子笑ってんぞ。)

「じゃあ、こっち貸してよ。」

ごそりと動く音に疑問を感じた赤崎は振り向いた。
そして目に優しくない情景を見て後悔した。
椿は否と言える度胸が必要だと強く思う。

肩が気に入らなかった王子は椿の膝を枕にごろりと横になり満足そうに眠る体制だ。
当初膝枕に動揺していた椿だが、バスが高速の出口に着く頃には平然としていた。

(慣れ過ぎだ、お前。)
まさに王子の犬と呼ばれてもおかしくない後輩を哀れに思う、
同時に俺はそうはならないでおこうと改めて決意した。





「着きましたよ、王子」
「御苦労、バッキー」

ぞろぞろと降りる中バスには二人だけ席に残っている。
ジーノは我ながら無茶な要求をまるでなんとも思ってないように受け入れる椿を見て
満足すると同時にじわりと湧きあがる欲望と提案を意識した。

・・・そろそろ話してみようか?

「ねえバッキー今夜予定はあるかい?」
「え、特にないですけど」
「じゃあ決まり。うちにおいでよ」

そう話かけるとジーノは身支度を整え、さっさとバスを降りてしまう。
疑問符が宙を舞う椿も慌ててバスを飛び降りた。




ジーノの愛車に乗せられ、連れてこられた彼の自宅は広々とし過ぎていて
椿から落ち着きを奪っていった。
かつて椿はジーノの事を本当の貴族みたいだと感じた事があったが
あながち間違いでない事に衝撃と感動を覚えた。
執事、というのだろうか?
フォーマルなスーツを華麗に着こなすおじいさんを椿はテレビでしか見た事が無い。

「さて、バッキー」
「あ、っはい!」

すすめられるままに部屋に案内され、すとんとイスに座る。
そわそわ部屋中を見渡してた椿は落ち着いた王子の声で我に返った。
何が楽しいのか、にこにこ頬笑むジーノをじっと見つめる。

「提案があるんだ。」

ふと、王子の笑顔が消える。直ぐにまた笑顔を浮かべたが
先ほどとは違う種類の笑顔のように椿は感じた。
人当たりが良さそうな、だれもが好感を持つ笑顔から
妖艶、と呼んで差し支えのない妖しく、蠱惑的な笑みに。

ぞわり、全身の産毛が逆立つような感覚がする
それでいて目はジーノから一時も離せなくなった。
じわりと浮かぶ汗は緊急事態をしらせる警報のようだ。

ゆっくり、ゆっくり近づいてくるジーノを瞬きすらできずに眺めていた。
イスに座っていては距離をとることもできない。
そっとジーノの指が椿の頬に触れる。

「あのさ、僕の物にならない?バッキー」

何を意図し言われたのか頭では分かっていた。
しかし、何も言葉が浮かんでこない。
是か非か、嬉しいか、嫌なのかそれすらも椿には分からない。
ただこの部屋の、否。この男の纏う空気に圧倒されていた。


「犬は放し飼いが一番だと思うんだ、運動不足になったら可哀想だしね」

指先が頬を撫で、髪を梳き、顎に添えられる。

「でもね最近それじゃあ満足できないんだ。」

「僕のしもべになってよ、バッキー」

整ったジーノの顔が近づいてきて、椿はキスをされるかと思った。
耳に唇の感触、直接送り込まれるような声にビクリと腰が跳ねる。
(おかしい、俺今なんか変だ!)
上手く息が吸えなくて、椿は喘いだ。
口はカラカラに乾き、呑みこむ唾液すら出てこない。

「最高の快楽をキミにあげる。」
「サッカーでも、こっちでも。」

あまい声にあまい言葉、抱きしめられているように王子が寄りかかるから
体臭と香水が混じった甘い匂いまでして、ふらり、ふらりと酔ってしまいそうだ。

「そのかわりキミの全てを僕にちょうだい?」

甘い笑顔の中に混じる有無を言わせぬ重圧を感じ
決めるのはこちらなのに既に結論が用意されているように思えた。
一つしか答えが出てこない。
無意識のうちに口から答えがこぼれおちていた。

椿の言葉を聞いたジーノから笑みが消える。
感情を失しなったような、それともこちらが素のジーノだろうか。
初めて椿に見せた冷たい表情に息を呑む。

「もう一度だけ、逃げるチャンスをあげる。」

「本当に覚悟はある?僕はふらふらするのは好きだけど、されるのは大っ嫌いでね」
顎に触れる指に力が入ったのを感じた。
「束縛したいタイプなんだよね、僕。」

暗い光がジーノの目に灯る。
顎に当てられていた指が滑り首を撫でられる。

「僕の許し無く離れる事は許さない。
チームからの移籍も引退も、故障による離脱だとしてもね。
たとえ僕がETUから離れる事になった時はもちろん、君も一緒に連れていくよ」


「僕の為に全てを失う覚悟を決めて。」

首に当たる冷たい指はまるで首輪のようだ。
増した息苦しさに裏切れば殺されるかもしれないと馬鹿な考えが過ぎった。
それでも不思議と恐怖は感じない。

白く形の良い指に自分の指を絡ますと、包むようにその手をとった。
そして、その手の甲に唇を落として気持ちを伝える。
まるで従者が主に敬意をみせるように、その動作は絵になっていた。

この甘くて、重い空気に酔ってしまったのだろうか。
どこか痺れたようにジンとして頭の中に霞がかかって働かない
浮ついた気持ちのまま声に出す。
最初から俺の返事は変わらない、だって既に。

「俺はもう貴方の物だ」。
「上出来だよ、椿」


初めてちゃんと名前を呼ばれて、カッと胸が熱くなる。

満足そうに、それでいて当然のように微笑むこの人を見て
本物の貴族みたいだともう一度思った。




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