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 俺に聞かないでください



覚悟を決めていざ!と足を踏み出せば滝のように勢い良く落ちてくる雨に挫折した。
走って帰るには無理がある。
先ほどまで素晴らしく晴れ渡っていた空は、もこもことした雲があっという間に空を包み
薄暗くなったとたんに降りしきる大雨、夕立である。
あいにく傘も無ければ、車に乗せてくれる人もいないのでただ止むまで待つしかない。

退屈だなあ。

「あれ?椿まだいたの」
「帰れなくって・・・」

監督が窓をみて、うげっと表情を変える。
どうやら監督も傘が無いようだ。
がりがりと頭を掻きながらうつむくと、ばっ!と頭を上げた。

「そうだ、たしかあそこに・・・」

ちょっと待ってろと言い残して監督がUターン。
言葉通り直ぐに戻って来た監督の手には紺色の折り畳み傘が握られていた。

「後藤の借りて来た。」

・・・え?
返事できずにいると、こちらを振り向いて何してんの?帰るぞと言われた。
いや無理でしょうとか、どうやってとか、いろいろ浮かんだ疑問を呑みこんで監督の後についていく。

「とりあえずクラブハウスまで行けば何とかなる」
ガチャガチャと広げる様子を見て慌てた。

「いいですよ、俺止むまで待ちますから!傘は監督が使ってください。」
「あ? いーから行くぞ。ほい」
どうぞと開けられたスペースに誘われるまま収まる、筈が無い。

折り畳み傘は持ち運びがしやすいようにコンパクトなのだ。
当然広げても普通の傘より小さいわけで、そこに成人男性二人は明らかに無理がある。
だからといっても今更断れずギュウギュウになりながら歩く。


熱い。

そうでなくてもこの季節、うだるような熱さとねとねとした湿気に苦労するのだ。
いくらくっついたとしても片手は濡れるし、いっそのこと・・。

「傘、持ちますよ」
「ん、ありがと」


監督が濡れないように傘をさした、その分俺が濡れる事になるがシャワーを浴びてるようで気持ちがいい。
それにこの状況、ちょっと緊張してしまうから少しでも距離をとりたい。

「ってお前傘ちゃんとはいれよ肩びしょびしょになんぞ」
「熱いからこれくらいでちょうどいいっす。」
「あ、こらちょっと離れんじゃねえよ。」

がっと腕を回され背中を掴まれたかと思うとぐっと中に引き込まれた。
同時に傘を取られて監督に寄り添うような形になる
驚きと、熱さで顔に熱が集まる、動揺しっぱなしの俺とは対照的に
さっきから監督の表情はやけに楽しそうだ。
・・・・遊ばれてるよな、俺。
こうやってささいな事に反応するからいけないんだ。

大人しく監督と肩を寄せ合い歩くことにした、が。
(落ち着かない・・・!)
この状況がいけないのだ。
傘という小さな密室の中でふたりきり、まるで恋人のようではないか。
と考えたとたん、椿の頭の中は大変なことになった。

血の気が上りながら、さっと青ざめる。
くるくるとめまぐるしく表情が動き、心臓が勢いよく弾む。
(・・・いやいやいや、おかしいだろ俺。)
(なんでこんな事で動揺してんだ!)

「お前は本当にチキンだな、監督と相合傘ぐらいで動揺してんなよ」

けらけら笑いながら言われた。
まったくもってその通りだけど、あいあいがさという言葉だけがやたらと耳に残る。

(本当にどうしたんだよ、俺。女の子が隣にいるのならともかく・・)

隣にいるのは監督だ、ちょっと意地悪で、頼りがいがあって、どこか幼くて、
妙に目線が惹きつけられ―・・。

なんとなく、その先は考えちゃだめだと心が警鐘を鳴らす。

理性を総動員させて頭を切り替えた。まずは会話だ、会話でしのごう。
遠くにクラブハウスが見えてきた、耐えろ俺、ゴールは直ぐそこだ!
何もしなくても視界に入る監督を見れば鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌。

「なんでそんなに笑ってるんですか・・!」
「だって今凄っげえ楽しいもん。」

ぎらりと不機嫌をあらわに睨みつけるがいっそう楽しそうにされるばかりだ。

「ははは、お前と一緒にいると本っ当飽きねえから好きだわ、ずっとこうしていられたらいいのにな。」

なんて事をこの人は言うのだろう・・!


今すぐ駈け出したい気持ちをぐっとこらえて地面を見つめた。
ここまで来たら認めるしかない、俺はこの人が好きだ。
尊敬や友愛じゃ無い。それならばこんなに張り裂けそうな程心臓が踊らない。
監督の言葉一つで心動かされない、こんなに嬉しさが溢れたりなんてしない。

俺は、監督に、恋してる。

(・・・・・・・・・・・気持ち悪すぎるだろ俺!)

俺がこんなに悩んでるのに監督ときたら!
「あ、やべ傘に髪引っかかった。」
八つ当たりだとは分かっているけどのんきに隣を歩く監督にイラっとくる。

「椿、とって」

痛てえ、と顔をしかめて訴えられた。
この人たしか越さんより歳上だよね?なんか子供みたいな人だ。

・・・・・、雰囲気台無しだよなぁ、ははっ、俺何悩んでたんだろう。
なんかふっきれた。


「ちょっと待って下さいね。」

俺は監督の目の前に立って腕を伸ばした、
監督の硬い髪をそっと撫でながら引っかかっている髪の根元を押さえる。
そして毛先をひっぱったが。

「あれ、取れない。どうなってんだろ」

監督に寄りかかり、ぐっと身を乗り出してよく見ようとした。


「え」

とたんに感じる浮遊感。
後ろに倒れる監督、つられる俺。
二人絡まって転んだ。

「痛って・・!」

転がる傘、プチリとした小さい音が聞こえた。
抜けたんだろな髪。

「大丈夫ですか監督?」

返事が無い。
不思議に思って身を起しながら監督を見れば
きょとん、と何が起こったか分からない顔をしていた。

「監督?」

監督に手を貸してひっぱり上げる。
俺も監督も水浸しだ、張り付く布の気持ち悪さに眉をしかめながら傘を拾う。
ようやく監督もいつもの表情に戻ってた。

「びっくりした。」
「どうしたんですか?」
「・・・椿の顔が近くてびっくりした。」
「え、そんなんずっとだったじゃないですか」
「隣と目の前じゃぜんぜん違うんだよ!」

顔を真っ赤にしながら監督が怒る、そしてふと真顔になった。
「・・・・なんで俺こんなにびっくりしてんだ?」


・・・・え?


こてん、監督と二人で首をかしげた。


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岡原さんにリクエストしていただきました、付き合う前のタツバキほのぼのです。
目標は、「さっさとくっつけお前ら!」と言われるようなタツバキ。
無自覚〜がタツ→バキ風味だったので、こっちはタツ←バキです。
達海さん自覚してないだけで十分椿に恋してるのですがね・・・。

リクエストありがとうございました。




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