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 曇天と笹



夜のグラウンドで背中を丸めて膝を抱えている所を見つけた。
空は曇って今にも泣きだしそうだ。こいつも泣くのかなあ。
傍にいたが、話しかけるでもなく風の音を聞いていた。


この季節にしては冷たい風がふく。
カサリカサリと木の葉が掠れ、髪が跳ねる、服の隙間からはいる風に体温を奪われた。
あまり長居はさせれないなと感じると、だんまりを止めて達海は腰を下ろした。

「椿」

ビクリと肩を震わし、ガバリと椿が頭を上げた。

「かん・・、督。」
「珍しいな、ここにきてボールも蹴らないで。」

夜忍び込んでそれはもう楽しそうにボールを蹴る椿を達海は何度も見かけた事がある。
ひどく幼い表情で夢中にボールを追っかける姿が印象的だった。
だからこそ練習着にも着替えず、ボールも持たず、座りこんでいる事に驚いた。

話しかけられた椿はくしゃりと表情を歪ませると、ぎゅっと袖を握った。
口を開けて何か話そうとして、結局閉じてしまう。
達海はこれ以上話しかけず風に揺れる笹の葉と短冊を目で追った。
まだ、雨は降ってこない。

いくつもの雲が流れ、ひととおり短冊に書かれた願いを読み終えた時だった。


「俺・・」

風の音に溶けるような小さな声が聞こえる。
そっと達海は椿を見た、椿はぼんやりとした様子で笹を眺めている。

「こういうの、何書くか思い浮かばないんっすよ。」
「・・ふーん。」
「いっぱい願望はあるんっすけどね・・・。」

椿は口角をゆるりと持ち上げ、眉を下げた。
居心地悪そうに髪をかくとまたぽつぽつ話し始める。

「もっと上手くなりたいとか、弱気な所直したいとか・・。」

スッと表情が切り替わる、情けない顔から凛々しく挑む表情へ。
まっすぐ前を見て、ぐっと手のひらを握りしめた。

「・・でも誰かに叶えてほしく無いんです、自分で叶えたいんですよ!」

「だけど・・」
椿は俯いた、またふにゃりと情けなく暗い顔になる。


「駄目駄目っす、凄く不安になる時があるんです。このままでいいのか?他にやるべき事があるんじゃないか、怪我してプレイできなくなったら、とか。いろんな考えが頭よぎって離れないんです、その内ぐわーって不安になって、自分自身が凄く惨めで情けなくて、頭にきて。いてもたってもいられなくなって・・・、気づいたらここにいました。」


「うん。」

ひとつ頷いて達海は言葉を探す。

「椿」

けして大きくは無い声が空気を震わして椿の耳に届く。

「本当の意味で、自分を助ける事が出来るのは自分だけだ」

落ち込んだ時に突き放すような辛い言葉に聞こえるかもしれないが不安はこの先も増えるばかりで、ひとつ解決すればまた二つ増えていく物だ。この先も不安を無くす事は出来ない、無くせるとすれば原因を克服するしかない。それは他人がアドバイスしてどうこうなるものではない。

「そしてお前はその事を凄く分かってるよ、不安をごまかすんじゃなくてお前は真正面からぶつかってる。」

「練習して、終わっても自主練して、自分自身を変えようと常に行動している。自分の成長を天気に左右される神さんなんか頼らないで自分で叶えようとするのだってその一つだろ。」


じっと椿は達海を見ていた。
達海も椿を見ていた、不敵に笑うその表情が椿には優しい笑顔に見えた。

ぽつり、ぽつり、と雨が降る。
「不安は辛いさ、苦しいし、出来れば忘れたままでいたいものだ。それをお前は受け止め続けてきたんだ。 そんなお前だからこそ―― 」

(変われるよ)

その一言は言葉にしなかった、する必要が無い。



「雨、降ってきましたね。」

椿はガバリと立つと勢い良く雨の中に突っ込んだ。
先ほどまで椿が座っていた場所を見ればひと粒、ふた粒、水滴の痕がある。
ごまかし方下手だなあ。声に出さず、こっそりと達海は笑った。

弱い心にかくれた強い気持ちを感じていっそう期待が膨らむ。恵まれた才能、秘めたポテンシャル、きっとこいつは腐らせたりしないだろう。環境作りくらいはしてやるさ。


「傘取りに来い、あんま体冷やすなよ。」

達海はそう言い残して、その場を離れた。
数歩遅れて椿もそれに続く。


降りしきる雨の中
ざわり、ざわりと、風に揺られる笹だけがその場に残された。





力不足で恐縮ですが新旧7番が好きすぎて参加いたしました!
どうぞ他の方の素敵作品を楽しんできて下さい。7Lovers
素敵な七夕になりますように。





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