文章 | ナノ


 キスしてよ



視線で穴が開くとは、こういうことだろう。椿は身をもって、体感していた。
ベッドに座る椿はすぐそばの床に座る達海からの視線をどうやってごまかすか考えていた。

視線をテレビへと移せば髪の長い美しい女性と癖っ毛な男性が視線を交え艶っぽい雰囲気を作っている。ああ、なんてタイミングが良い!!いや、俺にとって凄く悪いけど!
そう心の中で叫ぶと傍にあった雑誌に視線を落とす。

話は数十分前にさかのぼる。

達海の部屋でぐうたら二人は過ごしていた。
その日の話題は達海の海外生活で驚いた事や困った事についてだった。

言葉に食事や宗教、価値観の違いに苦労した達海の話を聞きながら
椿は監督でも困る事があるのだなあと失礼な事を考えていた。
なにがあってもひょうひょうと現実を受け入れ、ほいほいと余裕を持ってこなしていくイメージが強いこの人にとっても文化の壁は大きいらしい。

なんだか身近に感じた事を嬉しく思う椿はいつもより達海に近づいていた。
だらりと緊張の欠片も無い椿のその様子は達海の心を躍らせる。
なつかない動物が近寄って来た喜びに近いようである。
「あとは、あれだなー。向こうはハグとかキスとかが日常茶飯事なんだよ。もともとフットボールって点取った時とか凄いっしょ、慣れてたつもりだったんだけどねー、やっぱ本場は違うわ。もう慣れたけど。」

無防備に近づいてきた椿を捕まえて、腕の中に閉じ込める。
椿は驚きこそしていたが、嫌がらずされるがままでいた。

会話もとまり、目線が絡まる。自然と口元に落ちてく目線を達海は受け止め、目を閉じた。
椿からのキスは珍しい。たまには仕掛けられるのもいいなあと思っていると唇の感触。




・・・・・おでこに。


「え、なんでここなの椿・・・!」
ここまできたら唇だろう、舌までは期待してなかったけどさ!
そんな椿は一瞬でベッドの上まで退避していた。

で、話は冒頭に戻るのである。

パラパラとめくられる雑誌の内容に視線を落とすものの滑るばかりで
すこしも椿の頭に入ってこなかった。
居心地の悪さから続けられる作業にため息をひとつ吐いた。

「子供かよ」

「期待させといて、椿の馬鹿」

「・・・・ちゅー。」

子供ですか、あんた!!
じぃっと視線で責められ、独り言をぽつぽつ送られる。
欲しいおもちゃをねだる子供同様に諦めそうな気がしない。
むしろこのままほっといたら拗ねそうな気さえする。

拗ねた達海さん・・・。
椿の背中に冷や汗が流れた。
嫌な予感しかしなかったのだろう。
ここは折れるべきだろうか?
雑誌をめくる手が震えた。



椿め、このやろう。
たまにはかっこいい所見せんだなって惚れなおした所にこの仕打ちだと・・。
しかも、何言っても返事しねえし。
そんなに雑誌が面白いか・・!

こちらとしてはとても面白くない。
目線を送って反応を見てたが予想外に粘られている。
あきらめて仕事に戻る気には到底なれない。
椿の手のひらで転がされているようで悔しさが増す。

もう一度視線を送るが、椿の目線はいまだ雑誌だ。
伏せがちな目にかかる前髪がうっとうしい、切ればいいのに。
淡々とページをめくる指が動いて形の良い唇に添えられる。

あの唇が意外と柔らかい事を知っている人間はそう多くないだろう。
熱くて、滑らかで、とても気持ちがいい。
一度知ると何度でも重ねたくなる悦びを思い出した。くそう、キスしたい。


「声、でてますよ達海さん。」
「あ、そう? だって欲しいんだもん」

長いため息を吐いて雑誌が閉じられた。
「そんなに欲しいなら・・・」

椿と目線が絡まる。
普段は優しげな雰囲気を感じさせる顔つきがやたら男前に見えるのは惚れた欲目か。

「受け取りに来てもらえませんか?」

ふわりと笑われた。

子供をあやしてるつもりか、椿。
お前今どこにいるかわかってんの?
背後は壁、座っているのはベッド。目の前には愛に飢えた男が一人。

(どこで覚えて来たんだ、そんな誘い方・・・。)

ベットに上ると唇に柔らかな感触。
重なる唇に、絡まる舌に、先ほどまでの苛立ちが溶けていく。
凶暴な感情は置いといて、今はこの感触に流されようと思った。
蛇足とあとがき



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -