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 無自覚ターニングポイント 



2列目でパスを受ける、でそのままドリブル!迫りくるMFを切り返してかわす、またドリブル、今度はもっと早く!DFさえ間に合わないぐらい、ゴール前には世良さん。世良さんの周りをDFが囲う。サイドから赤崎さんが開いたスペースに飛び込みGKが赤崎さんの動きに釣られる。
チャンス!
ペナルティエリア外だけど、そのままシュート!
ざふんっ、と音を立ててゴール左上の隅に決まった。
「ゴール!!」

・・なんてね。

ハアハア、と荒い息を整えてボールを拾う。散々動いた後、見方ゴールの近くから敵ゴールまでの全力ドリブルはさすがにキツイ。今日はイメージ通り体が動くもんだからちょっと、調子に乗り過ぎた。そろそろイメトレ止めよう。吹き抜ける夜風が冷たい、気持ちがいいけど。
後片付けを終わらせて着替える、何気なしにケータイを開けるとそこには
『22:56』の字。
「えっ!?」
信じられない気持ちになって再度閉めて、開ける。目をこする。
しかし、数字はどうやってもかわらない、つまり見間違いでないということだ。
「嘘だろ・・・。」
夕飯抜きだ、いやそれはこの際たいしたことじゃない。
問題は23時をすぎれば問答無用で閉まる冷酷な門だ、うっかり過ぎてしまったなら締め出されるし、凄い勢いで怒られる、その上罰もあるんだからたまったもんじゃない。門限破りなんてやりたくは無いが、どう考えても間に合うはずもない。
とりあえず宮野に連絡して・・、とアドレス帖を開こうとした。が

「ピー」

ケータイは高らかな音をならしたあと、真っ暗になった。うんともすんとも動かない。
電源が落ちたぁあ!?
「え? 嘘だろ! そんな」
もう一度電源を入れてみても直ぐに切れてしまう。寮の電話番号なんてひかえてない。
さすがに3日充電しないとこうなるか。普段ケータイなんて使わないからこまめに充電する習慣が無いのだ。

ああ、俺の馬鹿!

絶望的な気分に押しつぶされるがここに突っ立っていても何も解決しない。
地方から引っ越してきたもんだからここには気軽に訪ねる事ができる友人はいない。
ホテルに泊まれるほどの金も無い。

あああ、俺の馬鹿ぁ。涙が出そうだ!

ふと思い出した。
『達海監督、クラブハウスに住んでるらしいぜ』
誰が言ってたか忘れたけど、この際勇気をふりしぼって行ってみようか?
いやいや、それはちょっと申し訳ない。迷惑すぎるだろ俺。
でも他に行くあてもない。

やはり!
・・・いやいやそれは、ちょっと、うん。
でも!
・・・・やっぱり気が引ける。
達海監督、意外と面倒見いいし!
・・・・・・・だからってこんな事まで迷惑かけていいのか!?
それなら野宿するのか?
それは嫌だ! でも・・・・。



散々迷ったあげく結局、来てしまった。
目の前にはドア。その横にはセロハンテープで貼られた『タツミ』の字。
あああああ、どうしよう!
いや、ここまで来たんだ!行くしかないだろう。
手を伸ばしドアをノック・・・・・・・・しろよ、俺!!
手はグーを作ってドアに伸ばしたまま動こうとしなかった、正しく言うとプルプル震えてる。
なさけなすぎる・・・・。

ガチャ

ぐたぐた悩んで床を見てたもんだから急に開いたドアに対応できなかった。
「ぐえっ!」
思わず頭を抱えてうつむく。痛い、その上間抜けすぎる。
「え、椿?」
監督は目をぱちぱちさせてる。当たり前だ!状況を説明しないと。

「か、監督!すみません、あの、俺! 今日帰れなくて!その、自主練してて!
調子良くて、でその気づいたら門限が過ぎて、いや間に合わなくて、で、えー、っと」
慌てる俺に、監督はとまどった顔で見下ろしている。頭がまっしろになった。
勢いよく立ちあがって姿勢をただすとふかぶかと頭を下げた。
「泊めてください!」

監督は顔から足先まで視線をぐるぐる動かすとぺたぺた体中触って来た。
え? へ? 何だ!
「こんな時間まで練習してたのか?」
顔つきが険しい。こ・・・・怖い! ただ頷く事しか出来なかった。
「馬鹿が、体こんなに冷やして。」
返す言葉もありません・・。
ぐったりうつむいていたら、監督のため息が聞こえた。
バタンと音がしてドアが閉まる、帰ってしまった!と驚いたのもつかの間、
「ぶっ」
タオルを投げつけられた。
「とりあえずシャワー浴びてこい、話はそれからだ。」
どうやら泊めてくれるようだ!
「あざっす!!」
疲れがなんのその! いそいでシャワー室に駆け込んだ。

「・・・・犬みてえ。」
椿が走り去った後、ぼそりと達海はつぶやいた。
達海にはピンと立った耳とぶんぶん振り切れそうな尻尾が見えたのかもしれない。



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