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 催涙雨の音



夕日も落ちた暗闇の中二人は歩いていた。
空は鈍い色をした雨雲で覆い尽くされており、天の川はおろか月の光すら確認できない。
傘をさしていても防ぎきれない雨をうっとおしく思いながら、足はクラブハウスに向かっている。今日の天気予報を信じるならばクラブハウスにつくまでこの雨はやまないだろう。
既に一度お天気姉さんの注意を無視して痛い目にあっている。
降水確率50%ならば傘なんていらないだろ、と呑気に商店街をぶらついた結果がこの雨だ。
こうして椿に出会わなきゃ雨の中ずぶ濡れになりながら帰らなきゃいけなかった。

「この傘使って下さいとか言いだした時はてっきり折りたたみ傘でも持ってんのかと思ったんだけど…」
「はい、持って無いッス。」
「そこ自慢げに言う所じゃないからね、椿。」
「だってこんだけの雨の中つっこもうとする監督見つけたら、なんかしなきゃと思って。」

余計な事をしたのかもと眉尻を下げる椿と出会ったのは偶然だった。
達海がクラブハウスを出た時は明るい曇り空だったのに食べ終わり店を出てみれば外は大雨。やっぱり傘持ってこればよかったと後悔してもすでに遅く、めんどくさいと達海は雨の中に体をさらそうとした、そこに声をかけたのが椿だ。椿は友達と遊んだ帰りらしく見慣れない私服に袖を通し、黒い雨傘を手にしていた。

「いきなり声かけられたのにもびっくりしたけど、今のお前の後先考えなさにもびっくりだよ。なに、走って帰れば大丈夫とでも思ってんのかお前?」
「あ、いやっ、怒らないで下さい、俺ちゃんと傘買うつもりでしたから!」
「ならいいけど、若さに甘えて雑に扱うようじゃサテライト送り返すからな。んで、お前は俺に気を使い過ぎ。」

まぁ俺が特別気を使われているわけじゃなく、もとよりこいつが優しい性格なんだろう。
初夏とはいえ雨がふりだした夜は空気が肌寒い。そんな中傘もささずに歩く人を見れば気の毒に思わなくもないが、だからって1本しか無い傘をひとに貸してしまうものだろうか?随分と損をしながら生きていそうなやつだ。そう考えながら達海が椿の方を見れば、相変わらず眉尻を下げた椿が何か言いたそうにしている。
達海は黙って視界をそらせた、雨に濡れたコンクリートが街灯に照らされつるりと光っている、辺りに人の姿が無いせいで雨の音しか聞こえてこない。少し待っても変わらなかった、結局椿は言葉を見つけられなかったらしい。
車も通らない道の上で黙り込んだ男二人で相々傘。
外から見ればだいぶシュールな景色だろうよ。

そういえば、随分近くに椿が居るな。

なんの脈略も無く、達海は触れる程近い距離に椿が居る事を不思議に思った。
肩が触れるほど近くに椿がいた記憶があまりない、社交的と言い難い椿の性格もあって椿は無意識のうちに触れる程の距離から離れた所でこちらを見ている所があった。
パーソナルスペースというのだったか、人は自然とここまでなら他人が入ってきても許せるという範囲を持っているらしい。それ以上近づかれると不快に感じたり、緊張したりするそうだが今の椿にはそんな様子は見えない。
雨の雫が傘にぶつかって弾かれる音がする。
相変わらず辺りには誰も人がいない。
傘の外と内、変わらない筈の空間が傘という幕で仕切られたようだ。

「気を使うな、と言われても困るッス。」
雨音と傘でできた二人きりの小さな世界に突然椿の声がふってくる。
「監督も知ってますよね、だって俺」

ざぁざぁと降り注ぐ自然の雨音とは違う、傘で弾かれた故にぽつぽつと音立てる雨音が耳に届いている。
暗い視界の中では見れるものが限られていた。だからだろうか、分からないという事が変に雰囲気を掻き立てる。どんな表情をしてるのかが気になって、あばきたいと好奇心が疼きだす。ここが路上である事を忘れさせる黒い幕が二人きりだと錯覚を誘って、もっと近づけと言われているようだ。

「好き、ですから、監督の事。」

色気なんてどこにもない男の声がやけに甘ったるく聞こえるのは惚れた欲目というやつだろうか。椿はその辺にしといてくれないかなあ、なんかもうほんと常識とやらを忘れそうなんだけれど、いやなんかもう許されるよね?別にいいよね、多少はめ外しても。

「俺に出来る事なら、なんでもしたくなるッス。」

そう言った椿の唇を塞いだって俺に罰は当てないでいただきたい、オリヒメサマ。




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