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 たわむれ



「バッキー、意外と奇麗な手をしてるね。」

そう言うと王子は俺の指を手に取って自分よりに引き寄せ、視線を落とす。
少しうつむいた拍子に髪の毛がひと房揺れて、王子の白い肌に影を作った。
指先に触れる自分より少し冷たい熱と、柔らかい肌の感触が気持ちいい、思わずそちらに気が取られそうになりながら、自分の手を見た。どこにでもありそうな男の手だ。奇麗なんだろうか?あまり他人の手と比較した事はないから、いまいちピンとこなかった。

「そう、ッスか?」
「うん、バランスがいい。知ってる?人差し指の付け根からつま先と、付け根から手首までの長さが同じくらいだと奇麗に見えるんだって。」

王子の指が爪を撫で、そっと力を入れる。

「あと爪の形も長くて奇麗、ああ、そうだ、アレが似合いそうだ。」
「アレ?」
「ちょっと待ってね。」

そう言うと王子はソファから立ち上がり、奥の部屋に行った。手持ち無沙汰になって、王子の部屋を眺めてるうちに、王子が何かを持って帰って来た。15センチ程の皮製のポーチ。それをサイドテーブルに置くと、人差し指と中指をちょいちょいと曲げて、手を差し出すよう要求する。したがって当然のように振る舞えるのはさすが王子と呼ばれるだけある。
王子がすると傲慢だとか、尊大とかは思わない。たまに思う事もあるけれど、王子だから仕方ないなで済むんだからすごい。この時も王子にされるがまま、手をゆだねた。

「バッキーの長い爪は奇麗なんだけれど、スポーツ選手としてはいただけないからね。」
「う、すみません、気をつけます。」
「しょうがないね、僕の犬の面倒くらい、僕が見るさ。」
「え、良いっすよ、王子、今日帰ったらちゃんと自分でやりますから!」

そう言って取り出したのは銀色に光る爪切りで、あわてて引き留めた。それを他人にされるのは恐い、いや王子なら器用そうだし無事終わるだろうが、王子のような、他人に奉仕するよりされる側が似合う人にされるのは、想像するだけでも落ちつかない。

「Dammi la zampa!」
「ダンミ、ラ? え?ど、どういう意味ッスか?」
「いいから、お手。バッキー。」

流れるような異国の言葉の意味は分からないが、流されて手を前に出す。王子は俺の手を光りにあて、はりついた薄皮を切らぬよう僅かに外側の爪を残しながら切っていく。ぱちり、ぱちり、と音が響く度背筋にぞくぞく冷たいものが這う。頬に集まる熱に気付いてしまってうつむいた。とても、今の王子を正視できる気分では無い。めちゃくちゃ恥ずかしい。クスリと王子が笑った音がする。早く終わって欲しいとそればかり考えるのに、ひどく丁寧な手つきでするため終わりには程遠かった。ようやく、左手の小指まで爪を切られて終わりが見え、ほっと息を吐きだそうとしたその時だ。

「僕はまだ、終わりと言って無いよバッキー。」
「え?」

爪切りをポーチにしまうと代わりに出てきたのはへらのような板で、それを切ったばかりの爪に当てやすりで磨いて行く。ここまで丁寧にされてしまうと、恥ずかしいを通りこして頭が真っ白になりそうだ。いつも女性にしてるんだろうか?正直王子が奉仕する姿は似あわないと思うけれど、された側はお姫様の気分になるだろう。ああまずい、なんだか、とんでもないことが起こり過ぎてて現実逃避したくなってきた。走って逃げたい、が、簡単に振りほどけるだろうその手を乱暴に動かす気にはなれなかった。

時計の長針が半周する前になんとかその作業は終わった、あれから爪磨きを変えて何度も磨かれ、まるで別人のような手になってしまった。少し角度を付けるだけで爪がライトを反射し、キラキラと光る。王子は満足そうに爪を撫でた。された俺はあんまりにも緊張したせいで、すっかり肩がこってしまっている。サッカー選手は体のケアに気を配って当然だけど、ここまで力を入れて指先をケアするのは王子だけだろう。

「あ、ありがとうございます、王子。」
「うん、でもね、ここからが本番なんだ。」
「へ?」
「君の手を見てたら、これ試してみたくなった。」

そう言って、王子は革製のポーチから小さな瓶を取り出した。前に香水を渡された事があるけれど、それより更に小さい。目が覚めるほど鮮やかな赤い小瓶、王子が蓋を外せば、細い筆のような部分が蓋から伸びており、どろりと粘性がある液体が糸を引いた。

「マニ、キュア?」
「そう、もうちょっとじっとしててね、バッキー。」

磨かれたばかりの爪に赤い液体が線を描く、根元からつま先へ、ムラなく塗り広げられるそれ。さっきまでの丁寧に磨きあげる手つきではなく、みるみるうちにつま先を赤く染めている、その手つきは素早い。王子はやっぱ器用だ。あっという間に片手が終わる。

「これは渇きが早いタイプだから5分も待てば十分だよ。」

王子がマニキュアを革のポーチにしまった。もう一方の手には塗らないらしい。助かった。
それにしても・・

「王子はなんで、こんなもの持ってるんですか?あ、いや、悪い、とかそうじゃなくて、こういうのって、女の人しか使わない物だと思ってたから。」
「エレナっていう、知り合いが置いて行ってね。彼女はこういった事が得意なんだ。」
「そう、なんですか。」

波の満ち引きのように、苦い感情がざっと湧いて、直ぐに流されていった。いつもの事だと諦めてはいるものの、全く気にならないと言えば嘘になる。自分の器の小ささがこんな時嫌になって、気分を変えようと赤く色づいた爪先に視線を落とす。しかし、見て後悔した。今爪を艶やかに彩っているそれも彼女の物なのだ。

「見よう見まねでやってみたんだけど、案外僕に向いてるかもしれないね。」
「王子は器用ッス。」
「ははっ、ありがとう。でも、うーん、やっぱり似あわないな。」

そりゃそうだろう。思わず言いそうになって、なんとか思い留まる。
白くて丸みを帯びた柔らかな手先に塗れば奇麗だろうに、細長いけれども筋張ったこの手に塗っても違和感が邪魔して奇麗だとは思えない。不思議そうに見ていると王子の指が甲に重なった。戸惑って見上げてみれば穏やかに口元を和らげる王子が居て、ますますどうしたらいいか分からなくなった。柄じゃないのだ、マニキュアも、恋愛も。

「いいね、似あってはないけれど、かえって良い。なんだか触れたくなる。」

俺よりも白い王子の指が絡まる、その間から、ちらちら赤い爪が覗いて女の手のようだ。
王子の肌が白いから、赤が映える。なんだ、これ、背が、ぞくぞくする。
爪を切られた緊張とはまた別の震えが熱を呼んだ。焦がされるようで、息苦しい。

「バッキー、オフが終わるまではそのままだよ。明日の夜になったらきちんととってあげるから」
「は、い。」
「そう緊張しないでいいよ、最後まで僕が面倒みてあげる、可愛い僕のバッキー。」

自然な流れでソファに倒された俺は、ライトが眩しい振りをして手で顔を覆った。
その手に落ちて来る唇の感触に当惑しながら、何も言葉を返せずにいる。
彼女かもしれないのに、その人の持ち物をきっかけにして今日も間違いを犯す。その罪悪感すらひとつの興奮となってしまう救いがたさに、どうしてこうなったんだろうと答えのない不安が体を支配する。けれども、もうどうしようもないのだ。

包み込むような暖かいぬくもりを知ってしまったら、もう過去には戻れないのだから。




甘い枷、名前の無いネームプレートの続きに当たります。椿を自分色に染めたくて、
椿が関心持たなそうな物を身につけさせ、自分しか知らない椿を作っては満足する王子。
そんな流れに逆らう事が出来ず、ながされ、絡みとられ、溺れる椿。






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