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 手に負えません



 赤崎は高揚する感情を無理やり押さえて歩いていた。気を抜くととたんに緩みそうになる口端をぎゅっと引き結び、笑顔で出迎えてくれるだろう後輩の元へ急いでいるのだ。
自分の事のように嬉しいよ。と応援したその口で、何か掴んで帰ってこないと居場所がなくなるかも、とか言いだした監督には腹から湧き出る怒りを覚えたものだが、結果、きっちり点に絡んで仕事果たしてきたのだ。大谷さんが邪魔だったと思わなくもないが、あそこで見た事、感じた事、プレイ出来た事全てが良い刺激だった。これを椿に話してやりたい。
めいっぱい驚いて、凄い!とはしゃぎ、そこいらの子供よりキラキラしたあどけない瞳で尊敬を伝えてきた椿は、自分と五輪を結び付けられないようであったが、興味がない訳じゃあないだろう。サテライトから上がってきて数カ月、トップに慣れるだけで精一杯だったのかもしれないが、更に上を目指そうとするのもサッカープレーヤーなら自然なことだ。慣れない環境と長旅を終えた事で疲れはあるもの、それ以上に椿に会える期待の方が大きいからか足取りは軽く、直ぐに見慣れた部屋にたどり着いた。別に息切れてる訳ではないが、気持ちを落ち着ける為に大きく息を吐き呼吸を整える。小さく息を吸って、インターフォンに手を伸ばした。とたんに聞こえるドタドタした足音、そんなに慌てなくても良いのに。
思わずクスリと笑った赤崎は口元に手を当て、ぬぐう。それで緩んだ口元をごまかした。好きな奴の前では常に男前でいたいという年頃なのだ。いつものような仏頂面に戻ったが同時にドアが開き、ひょこっと椿が顔を出す。椿は自主トレをしていたのか練習着を身につけ、俺の顔を確認するとでかい目を更にでかくして俺を迎えた。

「お疲れ様っす、ザキさん!」
「ん、ただいま。」
「代表ってどう、ってこんな所ですんません、中入って下さい。」

俺を迎えるためにめいっぱい開けたドア、入ると同時に音が聞こえた。聞き慣れた歓声、玄関からでも小さく見えるテレビの画面、そこに点のようなものが動きまわっている、見慣れたピッチ、ホイッスルの音、サッカー中継だ。もしかして俺が居ない間、何度も俺の試合を見てたとか?だとしたらやばい、それ、すげえ照れる。赤くなりそうな頬を隠すためにもうつむいて靴を脱ぐ仕草をする。するとそこに見慣れない靴があった。なんだ、ふたりきりじゃないのか、悪くは無いが期待しただけに少々面白くない。

「椿、だれ来てんの?」

振り向いて聞く、先に俺を通した椿は冷蔵庫を開け、冷やした麦茶を手に取っていた。
聞いておきながら返事も待たずに奥の部屋に入る、するとテレビを見ていた視線がこちらに向いた。と、同時に椿の声。

「おう、おかえり赤崎。」
「監督ッス。」

緩い動作で片手を上げ迎える意外な存在にあっけにとられた。

「は?え、なんでここにいるんすか?」
「んー、椿といっしょにDVD見ようと思って。」

人間予想外な事が起こると、とっさには頭が回らないものだ。この時の赤崎がそうだった。宮野や世良なら椿の部屋に居てもおかしくは無い、が、よりによって監督がなぜ椿といるのか、いっしょに見るってなんだ、オフでもこうやって過ごすくらい仲がいいのか?
椿からは一言もそんなこと聞いてねえ。ってか、あの時監督が言った”居場所が無くなってるかもしんねーぞ”ってまさかこの事じゃあないだろうな!
ふつふつとわき上がる疑問に思考は暴走を選んだ、最後のは間違いなく赤崎の杞憂である。そうでなければやつあたりだ。そして、その暴走に止めをさしたのが。
椿だった。

「俺、その、ザキさんの、試合、見れてなくて!」

ぷつり、と赤崎の思考が止まる。そしてゆっくりと聞こえた言葉の意味を飲み込み始めた。
椿は俺の試合見てない? 放送無かったとか? いや、今時地上波じゃ見れなくてもBSかなんかで見れるんじゃねーの? てか、俺が活躍した事も知らない? あれだけ、すごいと俺の五輪代表候補になれたの喜んでくれたのに?

「練習してて、見逃して、そしたら監督に声かけて貰えて!」

俺の試合よりも自主練かよ。ああ、もう、こいつはぁあああ! ああ、くそ。
赤崎はため息を吐いた、それが椿だと思うと苛立ちより諦めという感情が勝る。
空振りに終わった期待と、付きつけられた無関心という厳しい現実にどっと長旅の疲労感が湧いて来た。盛り上がってた気分が急降下し、もはやめげる寸前である。
もう、今日は帰ろう。いい勉強になったとか、今はそんな事言える気分では無い。
そんな中、かみ合わない二人をぼんやりと見ていた達海が口を開いた。

「ねぇ赤崎、今日送ってよ。車動かせんだろ、お前。」
「・・・・・・いっすよ。」

もうどうにでもなれ、そんな気分で言葉を返す。こんなにくたびれた選手になにさせんだこの監督、そう思わないでもないが吐き出せるほど気力はなかった。

「え、もう帰っちゃうスか?」
「うん、やらなきゃいけない仕事思い出したしさぁ、DVD持ってていいよ。」
「あざっす。」
「じゃあまた明日。」

車のキーを取り出し、差し込んで回す。どうぞ、と声をかけると監督は後部座席に乗り込んだ。おい、後ろ座るんっすか。くそ、タクシー扱いかよ。そう心の中で毒づいて運転席に座る、どうせクラブハウスまで大した距離は無い。さっさと終わらせてしまおうとシートベルトに手を伸ばした。

「椿がさ、」

急に話しだした監督に視線をやる、振り向く事はできないからミラー越しだ。
監督は流れる風景に目をやり、とくにどんな感情も表情に乗せていない。今は触れて欲しくない話題だが、興味もあった。視線は道路に戻したまま耳だけは監督の言葉を意識する。

「五輪の予選映る日に自主練してんの、気になって声かけたら何て言ったと思う?」
「監督も俺の試合見てくんなかったんすか。」
「まあ、そう拗ねんなって。こっちだってリーグ戦やらいろいろ抱えてんだから。」

達海は苦笑を浮かべながらそれでいて楽しそうに赤崎に話しかける。その意図を読もうとして赤崎は直ぐに諦めた。どうせ分かりはしないからだ。代わりに椿の言動を想像しようとして、そういやこいつもこいつでよく分からない事に気付いて頭が重くなった。
みんな世良さんや清さんくらいわかりやすかったらいいのに。ただし、クロさんみたいな人は困るが。

「忘れてた、とか、そんなッスか?」
「はずれー。」

からかってんだろうか、もったいつけずに教えたてくれたらいいのに。
不機嫌を隠さず赤信号をにらむ、監督から鏡越しの視線を感じるが無視だ。

「緊張しすぎて、どうしようもなくなったんだって。」
「はっ?」
「テレビの前で誰よりも早く陣取って待ちかまえてたんだけど、どんどん落ちつかなくなってきて、まだ時間あるからってボ−ル抱えてグラウンドダッシュ、んで自主練。ボールに触ってたらちょっとはおちつくから、て言ってた。」
「緊張って、見るだけじゃねえか。」
「それだけお前に入れ込んでるって事じゃねえ?しあわせもんだねえ、お前。」
「・・・。」
「さっきもさ、手の色かわるくらい握り締めて、気合い入れてお前のプレイ応援してたよ。ちょっとは落ちつけってくらいガッチガチ、あれはもう自分の試合より緊張してたね。」
「・・馬鹿だな。」
「馬鹿だろ、ボール触ってるうちに時間忘れてこの世の終わりみたいに凹んでるんだから。」

今度こそどう返事したらいいのか分からなくて運転に集中するフリをする。くそ、頬が熱い。椿め、椿め。分かりにくい、あいつは何時だって言葉が足らねえんだよ。
他人から聞かされる椿からの情愛はどうにも、照れる。くすぐるように心を触って、少しだけそこを暖かくさせる。

「あ、もうここらへんでいいよ。クラブハウス見えてるし。」
「ウス。」
「さっさと椿の所もどってやんなさい。あいつ、捨てられるような目でさっみしそーにお前の事見つめてたから。」

炉端に止めた瞬間言われた爆弾発言に心臓が飛び跳ねた。思わず振り向く、ブレーキ踏んでて良かった。そうでなければ注意力散漫くらいはなっただろう、いや別に運転中に言われても事故なんか起さないけれど。

そう離れてない場所から帰る、そのわずかな時間がもどかしかった。早々にシートベルトを外し、鍵をかけ、速足で椿の部屋に戻る。インターフォンを押すかどうか少し迷って、ええい、そんなよそよそしくしなけりゃいけない仲じゃないだろう!とドアを開け、ようとして止まった。ポケットの中のケータイが激しく震える。くっそ誰だこんな時に!

メール受信、1件

緊急事態でもない限り返事は後回しだ。手早く操作して受信画面を開く、親の仇でも見るような目でメールをにらみ見ると、赤崎から表情が消えた。内容はそっけなく一言。

『会いたいです。』

俺もだよ馬鹿、だからここまで来てんだよ・・!
赤崎の体から力が抜け落ちていく、右手はケータイ、左手は頭を抱えるようにして、ドアにもたれかかり、ずるずると座りこんだ。
気分を変えようとぐしゃぐしゃ頭をかきまわす。こんなにはっきり言葉したメールをもらったのは初めてだった。椿のくせに、椿のくせに。そんな事ばかりが頭を巡る。
慣れた動作でボタンを操作し、聞き慣れた機械音がドア越しに響く、3回、4回目のコールで椿が出た。

「ザキさ、すすすす、すいません。」
「なんでそんな焦ってんだよ。」
「あの、今メール、みみみ、見ましたか?」
「見た。」
「あああああ、すみません疲れてるのに迷惑な事言っちゃって、ほんとは、あれ送信しないつもりだったん、すけど。」
「・・・・・・・なんでだ?」

は?思わず眉間に皺が寄ったのが鏡を見なくても分かる。椿はどういうつもりで今の言葉をいったんだろうか?間違いとでも言うつもりなのか?不機嫌さを声に滲ませれば扉の向こうから途切れ途切れの言葉が聞こえた。

「だってザキさん遠征から帰って来たの今日だし、疲れてるだろうし、俺ザキさんの負担になりたくなくって、それで、その、今日顔見れて嬉しくて、はしゃいじゃって考えなしに文字うっちゃって、それで・・・・」

あいかわらず椿の言う事はよくわからない。よほど興奮してるのか話しに脈略もなければ用件も伝わってこない。なだめるべきなんだろうが、こちらにも言いたい事があった。

「椿・・・。」
「はいっ」
「俺はあのメール、すげえ嬉しかったんだけど。」

こいつの考えは何時だってわからない、もともと性格は正反対だし、考え方もだいぶ違う。
よくこんな関係になったなと自分ですら不思議に思う事がある。そんなだから不安になるのだ、俺といて楽しいのか、俺をどう思ってるのか。俺ばかり、お前を好きでいないか、とか。
電話の向こうで、言葉を失ってる椿をみると、椿だって同じ心配をしていたんじゃないだろうか。俺が監督運んでる間も、ケータイ片手にその一言を送るかどうか、めちゃくちゃ悩んで、悩んで、その結果が今じゃないだろうか?

「椿、俺今お前の部屋の前にいる。」
「えっ!」
「お前の部屋の前に居るんだけれど、帰ったほうがいいか?」

言ったとたんに聞こえる足音、その音がどんどん近くなる。最初は電話越しに、そして次にドアの向こうから、そしてドアが開いた。

「『帰らないで下さい!』」
(それでいいんだよ、ちくしょう、わけわからん所で気を使いやがって。)

赤崎はでてきた椿の頭を捕まえるとぐしゃぐしゃに髪をかきまわす、椿が驚いて声をあげ名前を呼んで許しを乞うが、それも無視だ。今、手を止める訳にはいかない。
赤く染まった頬から、熱がひくまでは。
繰り返すが、好きな奴の前ではかっこつけたい年頃なのだ。




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