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 若気の至り



からかいがある面白い奴。
その程度の認識だったのにな。




気付けば一人になっていた談話室で読み終えた雑誌をラックに戻す。
見れば日付変更まで後一時間、そろそろ門限を迎えようとしている時間だ。
そろそろ部屋に戻ろうかと凝り固まった筋を伸ばす、その時視界の端で小さな人影が見えた気がして眉を潜めた。
こんな時間に誰だ、窓に近寄ってみればそこには居たのは可愛い後輩。
椿はそっと門を閉め玄関に向かって来ている所だった。

「ちょっと顔見て帰るか」

おやおや、椿さんってば。暇つぶしのような気まぐれと小さな好奇心がじわっと湧いた。
顔見て、ちょっといじめて、先輩として体の心配をしてやるのだ。
まだ椿は俺の存在に気付いていない。
ロビーから集団ポストの方へ向かい、開けて、閉じて、
階段を少し上った所を見計らって口を開いた。

「椿、こんな時間にどこ行ってたんだ?」
「うわっ!」

ああ、良い反応。
目を限界まで開けて、まずい所を見られてしまったような怯えが見える。
そうされると、自然にもっとつっこんでいかないといけない義務を感じるよ。

「え、と、その・・・」
「なんだ、なんだ? 椿ったら人に言えないような所行ってたの? 女か?」
「いや!違いますよ、そんな事は!!」

うん、知ってるんだけどね。
椿が夜遊び出来る性格じゃないとかは。
女は可能性が無いわけじゃないだろうけどあんま想像つかねえな。
あまり仲間内でそっちの話はしないから分かんねえけど、女サポや美人記者に絡まれている椿をたまに見る。練習と試合ばっかで出会いには恵まれにくいこの社会だが、椿にかぎってはそうでは無いようだ。なんとも羨ましい光景である。
この反応じゃ違いそうだ、隠しごとが下手な椿の事だもっと顔にでるだろう。
さりげなく椿の近くまでの距離を詰めた。

椿は目を白黒させて、口をわなつかせて、喋ろうとはするものの言葉にすらならない。
そんな様子を横目に、わざと表情を変える。
真顔に、そして目を見開いて驚いた顔を作ると叫んだ。

「椿!お前後ろ!!」
「え!ええ? あ。」

本当は何もない。
ただチキンなこいつの事だからなにか恐い物連想して驚く表情を見たかっただけだ。
だが、それは予想外の事に繋がった。
驚いて椿が前を向いた際、椿の目の前を大きめの蛾が横切ったのだ。
反射的に体重を後ろにかけたせいでバランスを崩し、椿の体が傾く。

やばい。

とっさに、椿の真後ろまで駆けて体で受け止める。
まだ数段上っただけだったから勢いが小さくて助かった。
これで頭からいっただとか、足をくじいたなんて事になったら笑えない。
ただ、大の男の体重を全て支え続けるほど力はないからゆっくり尻もちを付く事になったが。
しっかり受け止めた確信はあったが、馬鹿な事やらかした後悔と焦りに急かされて椿に視線を落とす。俺の体にもたれかかるように体を預ける椿は何が起こったか分からない顔をしていた。

「すまん、大丈夫か椿!?」
「あ、はい、だいじょうぶです。」

直ぐに椿の表情が変わる。
きょとんとした顔がみるみる青ざめていき恐がるように体を跳ねさせた。

「…て、うわぁあすみません熊田さん!」

どうやら俺の体を下敷きにしてしまった事に恐縮しているらしい。
いや、これは、ほんと俺の所為だ。
嘘が本当になってしまっただけで、というか、大げさな反応すらしなかったらこんな事にはならなかっただろう。慌てて起きようとする椿が無事な事を確認して、心の底から安心したため息を吐くと脱力感から椿の体を抱きしめた。
ああ、無事でよかった。
マジですまん、椿。

ふわり、と。
かぎなれた石鹸の匂いがした。
それは抱きしめた椿からする物だ。
クラブハウスのシャワー室に置かれている石鹸。
椿、もしかして。
思いついた事を確かめようと椿の顔を見ようとした。

「熊田さ、ん・・」

心配して見下ろす視線と目があった。
不安からか揺れる瞳にふさわしく無い感情が刺激される。
はは、待て俺。相手は椿だぞ。
橙色の灯りが階段を照らす、均一に当たらぬその光が独特の雰囲気を作り
羞恥心を和らげ、誘う様だ。

このでかい目がせわしなく動くのが好きだ。
赤くなったり、青くなったりするのが好きだ。
可愛いと。
感じた思いは、

はは。


嘘だろ。
椿、悪い。



もうちょっとお前の嫌がる事がしてみたくなった。




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