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 続・放課後



放課後の1年後の話


誰もいないと思ってグラウンドに足をむけた達海はそこから聞き馴染んだ音が聞こえてくる事にきづいてため息をはいた。またか、意図せず声に出してしまったが、その言葉が向けられた相手はボールとゴールに意識がのめりこんでいるせいでちっとも気付く様子が無い。とうの昔に夕日も沈み辺り一面が闇色にそまっている。グラウンドに設置された照明も落とされているため、僅かな照明と月明かりだけで椿は自主練に励んでいるようだ。
よく見えるものだ、と呆れながらも感心する。

「つーばーきー、今何時だと思ってんだ?」
「うわぁあああああ!!」

俺の声に驚いた椿は飛び上がりそうな勢いで体を震わした。
体をひねって俺の姿を確認するといっそう顔をこわばらせて勢い良く頭を下げる。

「すみませんすみません、い、今すぐ止めます。」
「うん、さっさと片付けて。」

繰り返す椿の謝罪を聞き流しながら、少し開いていた距離を縮める。暗いから分かりにくいが、やや顔色が白く見えた気がしたのだが、見間違いだったのか椿に特変は無かった。それでも成長期まっただ中の体に無理はさせるべきではないと話を切り替える。村越や後藤にもう少し部活意外にもやる気をだせと怒られる事がままあるが、俺、椿とはいい勝負になるんじゃないか。いや、そうだと困るが。今なら後藤と村越の話を真正面から受け止めて、うんうんそのとおりだと深く同意できる。同時にお前が言うな。と二人に言われる所まで思い浮かんでしまい、この思考を無かった事にした。



「練習熱心な事はいいことだけど、お前のはちょっといきすぎだな。」

キーを回しエンジンをかける、低いエンジン音が響き僅かに車内が震える。練習着から制服に着替えた椿は今更疲労が出てきたのか黙って助手席に座っている。ゆっくり進み始めた車が校門を抜け、人通りの少ない道を選んで暗い道を通る。教師が生徒を車で送るという行為は世間一般の評価ではよろしくないからだ。

「すみません。」
少し遅れて帰って来た返事に活気はちっとも含まれていない。
椿はおしゃべりでは無いが、だからといって無口な訳でもない。

「なんか、あった?」
「いや、何でも無いッス。すみません、ちょっと考え事してました。」
「ふーん、明日雨降らないといいんだけど。」
「え?え?お、俺にだって悩んだり、考えたりすることぐらい、ありま・・」
「へえ、あるんじゃん、悩み事。」
「あ。」

しまった、というように椿はあんぐり口をあけている。

「おまえ、騙されてツボとか教材とか買わされないようにしろよ。」
「・・・・気をつけます。」
「それから」
「はい?」
「親に連絡入れとけ、今日は泊まるって。」

「え。」

「なに、嫌なの?」
「ちが!!ちがいます、そうじゃなくて、その、いいんですか?先生の・・」

立場上、プライベートに立ち入ることができない関係もあって家に招いた事は今まで一度もしていない。暗黙の了解としてプライベートには触れないようにしていただけに、椿は信じられないと言った様子で戸惑いながらも嬉しさが滲みでていた。尻尾があったらちぎれそうなほど振ってんだろなあ。

「別にいいんじゃない?」
「やっ、やった、ありがとうございま! ・・・ス。 イマセン。」
「よろしい。」

椿、うるさい。そう言いかけた言葉をのみこんで、よくできましたと笑った。


「おじゃま、します。」
「あー、散らかってて悪いね。適当に座って座って。」

男の一人暮らし。その言葉から連想できるそのまんまの状況がここにはあった。
脱ぎ散らかしたまま畳まれない部屋着、洗われずベッドの隅で皺よせるカッターシャツ、洗い物が溜まった流し台、それに、紙束。
物珍しさで視線をさまよわせる椿の小動物めいた姿に、達海は視線を外した。かわいい。
生徒という立場上見せてはまずい書類をおおざっぱに片づけると少しは部屋らしくなる。

小さな冷蔵庫を開けて見慣れた赤い缶を手に取ると、こじんまりと座る椿に手渡した。
カツンと金属が鳴り炭酸が荒れる音がする。同じようにプルタブに指をかけ引き上げた。
一度缶をあおったその後椿を見れば、なんともいえない複雑な顔をしていている。

「あ、駄目だった?これ。」
「杏仁豆腐、っていうより、甘苦い・・ええと、なんだっけ。薬?そんな味がします。」
「ふーん、そう感じるんだ椿は。飲みもんこれか水かしか無いんだわ。」
「飲めない事は無いんで、大丈夫です。」
「俺は美味しいと思うんだけどねえ。」

椿がまた一口缶に口づける。そうなると自然に沈黙がこの部屋におりてきた。代わりに何かの粗品の置時計だけが生き急ぐように小刻みに音をつむいでいる。

「俺、先生の事好きです。」
「・・・・・知ってる。」
「俺、もうすぐ受験生ッス。」
「うん。」
「俺、いつまで先生の事、好きでいていいですか。」

椿の指が俺の裾を握りしめた。その手をとって引き寄せる。椿は抵抗せず未発達な体を俺にあずけた。身長はそう変わらずともその身にまとう肉は薄い。

「遠いの?希望校。」
「片道3時間はかかります。」
「ああ、そりゃ遠いわ。」
「俺がいけそうなレベルで、受けたい学科あるのそこだけなんですよ。」
「受けたい学科って?」
「・・・です。」
「あんま聞かねえなあ。あ、いや、そうでもない気がする。どこだっけな?」
「実家の周りに大学無いんで、家出る事は決めてたんですけどね・・。」

その背に手を回しゆっくりと背を叩く。一層強く服を握られた。こいつなりに思い悩んでた事が自主練のオーバーワークに繋がっていた訳だ。ふうむ、難しいねえ、やになるわ。

「椿、俺はお前に枷を付ける趣味は無えよ。」
「待ってて、くれますか?」
「お前の努力次第、って所かなあ?」

いたずらに笑えば悲痛に歪んだ表情が目に入る。可哀想に、生徒に恋する駄目大人に引っかかっちまうなんて。可哀想に。

「あ。」

ふと、こないだ笠さんとの会話を思い出した。そうだ、そうだ。そこで俺は聞いたんだ。
重い恋情と職業柄の理性に揺れていた天秤がバランスを崩して崩壊した。暗闇の中に光さした瞬間って奴だなこれ、うん、人の話は聞いとくべきだね。

「ねえ、椿。もういっこ選択肢欲しく無い?」
「・・・え?」
「来年から出来るんだって、その学科この近所の大学に。」
「え、それって・・」

元々噂には聞いていたのか椿は直ぐにピンと来たらしい。飛び跳ねそうなくらい勢い良く椿の背が伸びた。すばらしい食い付きっぷりだ。かと思えば情けない表情に急変し、ずぶずぶと沈んでいく。おおかた・・・

「偏差値、足りねえか?」
「・・結構。」
「さあ、どうする?諦めるか?」
「・・・・・・・嫌ッス。」
「おう、がんばれ若者。まずは期末考査からか、今度は平均点とか言わずにもっと狙えよ?」
「・・・努力します。」
「ぷは、硬ってえよ顔が、今から力入れすぎたら息切れすんぞ?」

えいと鼻をつまんでやる。情けない声をあげた椿はされるがまま、これまた情けない声を上げた。ってかね、うん、こんなのが一人暮らしとか大丈夫かよ。いっそ・・

「合格決まったら、同棲するか?」



・・・悪い、冗談が強すぎた。
瞬きすら出来ずに固まる椿をなんとかする方法、誰か教えてください。




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