文章 | ナノ


 目は口ほどに



「ねえ、バッキー。君なにか言いたい事あるんだろう?」

疑問と言うより確信を強調するような言い方に椿は首をかしげてジーノを見上げた。
たかだか数センチの差しかないのに上目目線に感じるのは椿がかもしだすあどけない幼さからだろう。穏やかで暖かくて、自分に無いその素朴さをジーノは気に入っていた。しかし気に入ってるからといって椿を甘やかすつもりなどない。ジーノがそういった優しさを見せるのはいつだって女性相手だけだ。

「君の唇は飾りかい?」

腕をのばして椿の頬に指を乗せた。答えの催促をねだる行為だと椿は分かっていたけれど肝心の質問の意味が分からないので答えようがない。いつだってジーノの行動はいきなりな上、椿が持つ常識から外れている。そう思う椿だが反論はしない、素直に言われた事をもう一度思い浮かべて、考える。

俺が言いたい事、王子に?
まずサッカーの事を思い浮かべて却下する。サッカーの事ならたぶんこんなまわりくどい言い方をこの人はしない気がする。しかしここでそれを口にするならこの会話が終わりそうだ。不機嫌そうにあ、そう。とだけ言い捨てて追い出されそうで嫌だ。かといって日常で何かあっただろうか?あるといえばいくらでもあるんだけどこの人が聞きたそうな答えがあるとは思えなかった。答えにくそうにしているうちに王子の唇がつまらなそうに歪み、変な焦りが背をのぼる。

「頭の悪い君にヒントをあげるよ。」
「す、すみません。」
「隠そうとしないで。」
「え?」
「人の悪口を言わない君はいい子だと思うよ、いつだって君の口から出る言葉は奇麗だ。」
「はあ・・。」
「勘違いしないでね、別に他人への不満や愚痴を言えって意味じゃないんだ。たださぁ。」

王子の指が耳をかすめて髪をすくう、くしゃりと髪が音を立てた。意味ありげに伏せられた目と目があった、なんだか空気が薄い気がする。息詰まりそうな空間から逃げ出したくて体をよじらせたがそれはソファの背もたれに邪魔されギシリと音を立てただけだった。
質のいいソファが今は拘束具のようだ、二人用のスペースは右側を極端に使われ体重の移動に合わせて小さく音を立てている。王子が、近い。

「表側の奇麗な言葉だけじゃ足りないよ。」
「あるだろう、バッキーにも・・僕に対して押し殺してる気持ち、教えてよ?」

何を、言い出すのだろう。この人は・・。

「そんなの、聞いても何も楽しく無いっスよ。」
「それを決めるのは僕だよ、バッキー。」

視線でうながされ強要される、強引な人だ。
俺は王子の何ですか。ただの犬ですか?あなたは犬にあんな事をするのですか?そう言えば少しはこの苛立ちが収まるのだろうか。俺には王子が分からない。
好きだよ。そう悪戯のように言う言葉の本意が知りたい。あやふやな言葉で恋人という定義に収まった今でもこの人はいままでと同じように女の人と関係する。嫉妬?するに決まってるじゃないか。それを言って何になる。ただ惨めになるだけじゃないか。俺はこの人の気まぐれで愛されて、この人の気まぐれで飽きられて捨てられるんだろう。それがめちゃくちゃ恐い。なんでこんな人を好きになってしまったんだろう。

「王子は、ひどいです。」

せめてもの抵抗に、視線を外せばゆっくりと頭を撫でられる。その手つきの優しさにどうしようもない虚しさを覚える。

「俺には王子の考える事がわかりません。」

6年、それだけの年月が酷く大きい物に感じる。どうあがいてもこの人に主導権をにぎられて良いように遊ばれる。楽しげに見ないでほしいな。いっそう惨めに感じるから。

「フフ、バッキーは口より目の方が雄弁だね。」

耳元で話すから王子の声がくすぐったい。俺の浅はかな考えなんて口にしなくても気付かれてそうだと今更思った。

「自分でも気付いてたかい?君が僕を見る目ってさ時々誰よりも荒々しくて、情熱的で、艶があるんだよ。言葉を口にしない分感情が目に孕んでるから見ていてゾクゾクする。」

「かわいい、かわいい僕のバッキー・・・」
「素直で、謙虚で、努力家で優しい君がそんな目をするなんて僕にだけだよね。」

心臓が煩い、触ってもいないのに激しく脈打つ鼓動が聞こえるのはなんでだろう。王子の指が顎に添えられて王子の方に向けさせられる。唇を押しあてられ、その感触に驚く。それだけじゃ終わらなくて薄く開いた唇の中へと舌が入って来る。逃げようとしたのに慰めるようそっと舌を絡まされ、ぬるりとした感覚と熱に鳥肌が立った。
気付けば押しのけようとした腕は力を無くして甘えるように王子の服を握っていて、むずがゆい羞恥に襲われる。離れた拍子に見た王子の顔は嬉しそうでさっきあった苛立ちがどうでもよくなりそうだ。

「僕以外の誰かに見せたら許さないから。」

返事が出来るほど俺は冷静でいられなくて、何も言えずにただうなずいた。
笑ってる様に見えて、感じるその言葉の真剣さにどうしようもないくらい動揺していたのだ。




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