文章 | ナノ


 乞い患い



狭い自室とは比べ物にならない大きな部屋で大きなテレビを二人で見ていた。そこに映る男女は寄り添う様にソファに身をあずけ、耳が溶けるような甘い言葉で愛を確かめ合っていた。絵にかいたような仲の良い恋人、それが時間の経過と共にすれ違い、二人の溝はどんどん深くなり、やがて切り立った崖のようなどうしようもないものになっていく。それでも確かに二人は愛し合っていた。毒薬が混入されたワインを優雅に女が口づける、そして男を手招きし、唇を押し付けようとして・・・世界は真っ暗になった。

「あ。」
「飽きた。」

くわっと欠伸をする姿を見ていると動物園で昔見たライオンを思い出した。骨ごと砕きそうな立派な犬歯に、小動物なら丸のみできそうな大きな口、当時の俺は大層おびえたらしい。もう薄れかけている記憶だが今のこの状況のおかげで十分にその気持ちが理解できる気がする。ここは東京Vの心臓、持田さんの自室である。

「あーあ、選択ミスった、すっげえつまんねえコレ。」

持田さんが興味を失った事により途中で役目を終えざるを得なくなったDVDがデッキから吐き出される。どうせ持田さんは片づけないだろうと思って座り心地がやけによいソファから立ち上がる。丸い穴に指を通しデコの部分にはめて軽く押す。カチリという音を聞き流しながら持田さんの様子を見ると、姿勢を崩し、寝る体勢に入っていた。持田さん、その、あなたの頭が置いてある場所は俺の席だったと思うのですが。その時俺は人がイスを立った瞬間さっと独占する家猫の映像が頭に浮かんだ。持田さんはネコに似ているかもしれない。あ、ライオンってネコ科だったよな、とどうでもいい事が脳裏を通り過ぎた。

「おいで、椿君。」

ちょいちょいと手招きされる。二人が余裕で座れるソファは細いながらもしっかりと筋肉がついた持田さんの体を全身で受け止めていた。どこに俺の座れるスペースがあるというのだろう。そうは思うが逆らう気にはならず言われた通りソファに近づいくと、少し上半身を持ち上げ、持田さんの頭があった位置に座るようにと促される。

「硬い。」

だと思うッス。男の、それも現役サッカー選手の太ももに心地良さを求める事が間違いなのだ。持田さんは気だるそうに半分だけ目を伏せると明るい口調で俺の名前を口にした。この人に名前を呼ばれるのは背筋が冷えるような緊張と、恐怖と、少しの興奮が駆け上がる。不思議な事にそれは嫌いな感覚じゃ無かった。何故かはわからない、多分俺はこの人が好きなんだろうと思う事にしている。

「好きだよ、椿君。」
「・・・・・・・俺もです。」
「・・俺はさあ、君にすっげえ愛情あげてるのにさ、いつだって反応うっすいよねえ。」

どう返事すればいいか分からず思いついた言葉を口にすればため息混じりの言葉に殴られた。何考えてんの?そう零す持田さんの表情は余裕と自信に溢れてて俺の考えなど見通されている気がする。愛情をあげているとこの人は言った。その通りだと俺は思う。何時だって来ていいと合鍵を渡され、テリトリーの内側に俺が入る事を許した。何もかもめんどくさがるくせに必要であれば愛車に俺を乗せ希望する所へ送ってくれる事もある。甘えるように俺の名前を呼んでひとしきり愛の言葉を注ぐ事もあれば、身を持って体で伝えられた事もある、そこに嘘があるとは思ってはいない。

「まだ、実感持てないの?」

それに、近い。

「いつだってそう、君は俺に抱かれる度に初めてのような反応するよね。」
どう返していいのからからず黙った。相変わらず持田さんの目は半分ほど伏せられ、つよい意志が籠った強い目は穏やかな色をしているように映る。

「最初は不慣れだからとか初心なんだなとか思ったよ。」

少しでも居心地のいい場所を探していた持田さんは結局諦めて動かなくなった。

「でもなんか違うんだよ、ねえ椿、お前・・・俺に愛されている事から逃げてるよね。」

ピッチでむけられるような強い目線では無い、この人からは想像もできない感情がそこに在る気がした。例えば、諦めのような。暗い色を浮かべたその視線と目が合う。逃げたいと思ったが許される気がしなかった、触られたくない部分に容赦なく手が伸ばされていくのをただ耐えるしかないのだと気付いていても。

「それは何、予防線?だとしたらちっせえ男だよね、傷つけられたくなくていつでも切り離せるよう準備してるんだろう?だからのめり込まないようにブレーキをかける、だからお前は自分の感情に気付かない、実感が持てない。」

「嫌だったら、いつだって放してあげる。俺は欲しいものには手をのばすけど去るものは追わない主義なんだ。」

暗く冷たい感情がその言葉の裏に孕んでいた。それは確実に俺の心に入り込み容赦なく傷つける。言われたい放題ではあるが全てが間違いと言う訳では無いので俺は口をはさめない。ただ胸にこもる苦い感情を飲み込む事しか出来なかった。

ふと、先ほど流れていた恋愛映画を思い出す。その女は奇麗で頭が良かった。だけど過去にいじめられた経験が心に刻み込まれ自分自身に自信が持てず男を愛しながらも愛されてる事を求め続けていた。相手を信じられないからこそ恋を患い、狂っていった。自らも毒薬を口に含み共に死ぬ事を望むまでに。

相手を信じれないのは相手が悪いのでは無く、自分にも原因がある。
俺は今それを思い知った、でも、それは冷たい目で見上げるこの人にも言える気がする。
先ほどから尖った空気と言葉を吐きだすこの人は、人を試すような事を定期的に行おうとする、きっと、今がそうだ。
愛情を与えるだけ与えて、てのひらをかえすような真似をして去らない事を確認しないと愛されてると実感が持てない。そんな子供じみた所有欲と支配欲を持て余してるように感じる。あなただって俺に愛を与えてくれるのに俺を信じようとはしてくれないじゃないか。試される度に苦い感情が胸をしめつけた。

「嫌です、離れたくない。」

きっと俺は随分と惨めな顔をしているのだろう。
そんな顔を見た持田さんはこれ以上ない程幸せそうに笑っていた。纏っていた冷たい空気が霧散し愛嬌とも言える人懐っこい雰囲気が戻ってくる。腕を伸ばして俺の頭を引き寄せるといい子、と甘やかすように目じりに唇をよせキスを落とした。


「愛してるよ。椿君。」





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -