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 或る夏の一日



最近ひとつ気になる事がある。以前の椿ならば手を頭に伸ばしても何も抵抗無く受け入れ、されるがままに頭をかきでられていたのだが、どうも最近椿はそれが気に入らないようなのだ。試合中ならそんな事も無いのだが、日常の中で頭をさわるとその反応は顕著だ。まず、頭に手を伸ばされるだけで肩が跳ねる。髪に触れれば顔はこわばり、表情は消えるし、ひどく複雑そうな様子でこちらを見て来る。

「椿って頭触られんの嫌なの?」

とけかけたアイスを必死に舐めとろうとしていた椿が振り向いた。サウナのような湿気を孕んだ暑い空気はひどく不快だが、その分アイスがうまい。一本60円で買えるソーダ味のアイスはクラブハウスまで戻る道筋の中で随分とダメージを受けていたらしい。次から次へと青い水滴に姿を変え、椿の焼けた肌を汚していく。どこぞの王子さまと違い日焼け止めを使う筈も無く毎日直射日光にさらされていた肌は赤く焼け、褐色、とまではいかないが赤味がかった橙色をしている。

「苦手っス。」

それだけ言うと椿は次々に溶けていくアイスの水滴を吸い取るように唇を付けてから離し、がぶりと大きな一口で本体に齧りついた。

「なんで。」

もごもごと咀嚼する様はあどけない椿の雰囲気とあいまってひどく幼さを強調する。なんとなく椿は上品なアイスよりこういったアイスキャンディーが似合うなと思った。冷たい風が吹く頃に咲く花の名を持ちながら、焼きつける太陽や高い青い空が似合う男だ。体育会系特有の爽やかと形容できる容姿と雰囲気がそう思わせるのだろう。

「なんか、こう、ぞわぞわってなるのが苦手で。」

窓一つしか無く、空調設備の整っていないこの部屋はあまりにも暑すぎた。場所を変えるべきなのだろう、椿の部屋に行けばいい。あそこなら古いながらもきちんと冷たい風を吐きだすクーラーがある。だけどこうも暑いと動く気力さえも奪われるようで一歩たりとも歩きたくは無かった。アスファルトから跳ねかえる熱に蒸らされ、直射日光に焼かれるなんてまっぴらごめんだ。

達海は椿の黒い髪に視線を向けた。
ぴょこぴょことおもいおもいの方向に跳ねる髪に触れた感触を思い出す。あんときは平気そうな顔してたのになあとぼんやりしていると、あ。と椿が小さく声を出した。先ほど大きくかじったせいでぶかっこうに残ったアイスが自らの重さに耐えられず棒から落ちてしまったらしい。
椿がはくカーゴパンツに落ちた塊はじわじわとシミをつくる。椿は少し不快そうに眉をしかめた後、その塊を指でつまんで口に運んだ。

暑いなあ。

ひとつしかない代わり大きめである窓を見た。空が青い、雨は降らないだろう。
そこからは草木は見えないがあったとしても微動だにせず突っ立っているのだろう。風は吹いて無いようだ。自分の背に汗が這うのを感じた、目の前の椿は涼しい顔をしているが平気なわけでは無いらしい。さっきから俺への態度が遠慮無いものになっていて新鮮だ。気は使ってはいるだろうが怠惰な一面が見え隠れしていて面白い。普段ももう少し遠慮しなければいいのだがこのヘタレチキンが監督である俺に対しそんな面をみせるのはまだまだ時間がかかるだろう。

深い意味はなく椿の頭に手を伸ばした。
気を緩めていたのだろう椿は触れるまで俺の動きに気付けなかったらしい。
首をひねってかわすより俺の指が椿の髪や、その中に在る皮膚に触れる方が早かった。
そこはじんわり熱を帯びていて汗でしめっていた。「かんと、く?」

こちらを不思議そうに椿は見つめている。それはそうだろう、さっき頭に触れられるのは苦手と言ったばかりだ。だけどこっちにも気になる事が出来てしまったのだ。
試したいので許してもらいたい。いや、まあ、椿なら嫌がっても受け入れてくれそうだけど。

「ぞわぞわってどんな感じなのかなって思って。」

遠慮無くガシガシ撫でる、椿はけだるそうな表情をうかべるだけで、なにも反応していない。

「あれ、平気そうじゃん。」
「そうっすね、今のは平気ッス。」

五つの指とてのひら全部を使って撫でるやり方では椿はぞわぞわしないらしい。
試合中やられてるのはこのやり方だろう。だから平気なのかもしれない。
今度は指の腹だけでゆっくり動かしてみる。一変して椿の表情がひきしまった。
肩が跳ね、表情がこわばり、目が限界まで大きく広げられる。

耳の後ろ、後頭部、髪の生え際、意識して触る事の無かったそこに指を這わすと
そのたびに違った反応が椿から帰って来るのが面白い。みれば椿の肌はあわだっていた。

「椿きもちわるい?」

こくりと椿はうなづいた。
だらけて隙だらけな表情から、言いようのない感覚に耐える椿の表情は妙な色気がある。
あわだった肌もそうだ、暑さの所為で雫の様になった汗が日焼けした肌を伝い流れ落ちて髪をぬらし肌に張り付かせる。健康的とも呼べるその風景なのに相反してそれは淫靡でもあった。

まずいなあ、と声にならぬ言葉を吐き落とす。
どうも理性まで仕事を放棄しようとしている。この椿の表情がいけないのだ。
堪える為に唇を強く結び、不快に眉をゆがめ、険しい表情を作る。
ゆっくり指を横に這わすだけで目元がピクリと震え、じわりと瞳を湿らせる。
気持ち悪いと言う癖にこれじゃあまるで・・

誘われるように、前髪の生え際に唇を落とした。
悲鳴に成り損ねた息が椿の喉元から漏れて一層煽られそうだ。
そんなに嫌かと表情を見ると、肌を赤く染めて堪える椿の目元にはついに涙まで浮かんでいた。

「ねえ椿、俺思ったんだけど。」

椿は声に出さず視線だけで何だと聞いた。

「椿のここって性感帯なんじゃね?」


まるで一時停止のボタンを押したように椿が固まった。
椿の新たな弱点が発覚した瞬間だった。




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