厄介なのです、優しい人は
パシン、パシン、パシン、
港の適当な場所で傷の手当てをしていたら、少し離れたところで乾いた音が三度響いた。
ふと音の方を見やると、しょんぼりと落ち込んでいる高校生三人を船長が抱き締めている。
続いて保さんの男泣きが聞こえてきた。

―――とても、心配をかけてしまったようだ。

正直、あの三人を連れて明海に行ったことは少し反省していた。
バミューダシンドロームの情報を少しでも多く掴みたいばかりに冷静さを欠き、焦りすぎていたのかもしれない。
明海に向かう途中、マグロを釣りたがっている彼らを見つけ、そのまま軽い気持ちで連れて行ってしまったのだった。

個人的には初めから明海に行きたいのは山々だったが三人に合わせていた。そこまではまだ大人らしくいられたと思う。

「インド」

そんなことをボケッと考えていたら、上から声が降ってきた。
顔を上げると、そこには普段は見たこともなかったような厳しい顔をした船長が立っている。
ああ、責められるんだろうな。
俺は25歳という立派な大人にもかかわらず、彼らの望みとは言え高校生をこんな遅くまで連れ回し、親御さんや他の大人たちに多大な心配と迷惑をかけてしまったのだから。

パシン。

またひとつ、乾いた音が港に響く。
人に殴られるなど何年ぶりだろうか。

「無事で、良かった……っ」
「え、」

気づくと、俺も先程の三人のように彼に抱き締められていた。
左頬が痛むのと同時に、彼の予想外の言動に少し戸惑う。

「あの……すみません、俺の軽率な行動でご迷惑をおかけしてしまって」
「そんなこと今はどうだっていい!」

語気が強められ、腕にも力が込められる。
少しばかり苦しいが、不快感はない。

「俺が操縦を教えたばかりにお前が危険な目に遭っていたらと思ったら、心配で仕方なかった……!」
「心、配?」

俺も心配の対象だったのか。
誰にも気にかけられることはないと思っていた。
江ノ島の彼らにとって俺は、ただの観光外国人に過ぎない。
むしろ怒りの対象のはずなのに。
なのに何故、彼だけは…。

「お前って江ノ島に興味津々みたいだったしちょっと子どもっぽいから、絶対行くなって言われたら行きたくなるに決まってるもんな…」
「な、」

前言撤回。
ただガキ扱いされてるだけじゃないか。
確かに8歳下の俺は船長からすれば子どもかもしれないが、あいつらと違って俺は成人済みだ。

そんな風に抗議しようかと思案していたら、船長の身体が離れた。
空いた隙間を吹き抜ける海風が、心地良かった熱を冷ます。

――――“心地良かった”?
なんだ、この気分は。

ぴと。
今度は何かと思えば、先程殴られた左頬に手を添えられている。
目を少しもそらさずに真っ直ぐ俺の目を捉える船長。
……調子狂うな。
いたたまれなくなって、俺の方が目をそらしてしまった。

「おい、目そらすな」

殴られていない右頬にも手を添えられ、自動的にまた目を合わすことになる。
顔、近くないか。

「いいか、もう絶対こんな無茶するんじゃないぞ。少しとは言えお前は怪我もしただろ。あいつらに頼まれようがなんだろうが絶対だ。約束できるな、アキラ」
「…は、はい」

真剣そのものであるその視線と声音に押され、素直に頷いてしまった。

フッと安心したように笑った彼は、「わかったなら良し!」と叫んで立ち上がり、たくましい背中を向けて去っていった。
俺はその背中が見えなくなるまで、ただただ見つめていた。

船長が俺のことを国名で呼ばなかったのは、後にも先にもそれきりだった。
彼の姿が見えなくなっても、抱き締められた感触ははっきり残っていた。



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120708
歩ちゃんの優しさに触れて気持ちに変化を生じるアキラが書きたかったのです。そしてその温かさに戸惑って悩んでればいい(笑)


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