葵と夏樹が付き合っていると知ったのはつい最近のことだった。
よりによって、彼氏が夏樹…。
勿論、強い嫉妬や黒い感情は勿論湧き上がってこなかった。
ただ単に、絶対かなわないと思った。
人と接することが苦手な俺に、積極的に話しかけてきてくれた葵。
般若になっても怖がらずに接してくれるし、出来ないことがあっても穏やかな表情で手を差し伸べてくれたり、背中を押してくれたりする。
そんな優しい彼女のことをいつの間にか好きになっていたんだ。
ハルとヘミングウェイを訪れたとき、葵と夏樹がバイトに勤しんでいた。
あ、葵の顔が少し赤い。
それを見た歩さんが「美男美女!よっ、お似合いだねぇ〜!なあ、ユキもそう思うよな?」なんて言ってガッと肩を組んできた。
「本当にお似合いですよね、二人とも優しいし」
切なくなった。
俺の初めての片思いは、あっという間に儚く散った。
帰宅してベッドに寝ころんでいたらハルが部屋に入ってきた。
「いつもノックしろって言ってるだろ」
「ユキ、葵と夏樹と友達!」
「は?」
俺の忠告を無視して、目の前の宇宙人は脈絡のないことを言い始めた。
「言いたいこと言い合う!それが友達。違う?」
「……!」
そこまで言われて気づいた。
ハルはわかっているんだ、俺が葵に抱いている気持ちに。
結果がどうであれ気持ちを伝えるべきだと、そう言いたいんだ。
「ありがとう、ハル。お前の言う通りだよ」
時間はもう既に日付が変わる1時間前。
なんて言うのが最善か考えていたらいつの間にかこんな時間になってしまっていた。
スマホを握る手が汗ばんでいる。
もしかしたら今電話をかけるのは迷惑かもしれない。
だけど決意が固まってから翌日まで待つなんてできなかった。
アドレス帳から葵の名前を選び、通話ボタンを押す。
3コールで繋がった。
『もしもし?』
「あ、も、もしもし。ユキだけど急にごめん。寝るところだったよね」
『ううん、全然大丈夫。ユキから電話かけてくるなんて珍しいから嬉しいよ』
電話越しでもいつもの愛おしい声はそのままだった。
その声に耳を傾けながら軽く息を吸い込む。
「あのさ、俺、葵のことが好きだよ」
俺には珍しく、声が上擦ったり震えることなく言えた気がする。
「葵と夏樹が付き合ってるのは知ってるし、二人の関係を壊すつもりもないよ。むしろ応援してる。でも、これだけ伝えたくて」
『……うん、ありがとう。ユキの気持ちに答えられなくてごめんね。嬉しかったよ』
「いいんだ。本当に伝えたかっただけだから。聞いてくれてありがとう、おやすみなさい」
『おやすみ、また明日学校でね』
そっと通話終了ボタンを押す。
切なくて甘酸っぱいような達成感に包まれながら、まどろみに身を任せて眠りに落ちた。
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120630
「何の取り柄も無い 僕に唯一つ
少しだけど 出来る事」
ボカロの曲「ハッピーシンセサイザ」より。この曲凄く好きです。なんかユキっぽいなと思って。