喚いた [ 3/6 ]
あれから一度も鈴木くんと目を合わすことはなく、時間が経った。
いつもはつい目で追ってしまう体育だって、授業で当てられて堂々と見ることのできるときだって、私は鈴木くんを見なかった。
逸らされてしまえば傷付くことが解っていたから。
今まで知らなかった事実、自分はとても面倒な女だったことに気付き、頭を抱えながら悶々としているといつの間にか放課後になっていたという不思議体験をしてしまった。(ご飯食べたかすらも曖昧)
ふぅ、と息を吐く。
よかった、今日ももう一人の図書委員は帰ったようだ。
よくない、鈴木くんを幻滅させた。だからきっともう一人の図書委員に何も言わないことにしたんだ。
よかった、これで自分のペースで進められる。
よくない、鈴木くんの気遣いを踏みにじった。
せっかく、話せるようになったのに。
少し、距離が縮んだかと思ったら、前よりも遠くに離れてしまった。
「…っ、」
いつの間にか溢れていた涙に自分でも驚く。
幸いにも放課後の今、部活動の生徒以外は学校に残っていないため教室には自分一人だった。
「…傘泣?」
はずだったのに。
教室のドアを見ると、ポカンと口を開けた鈴木くんがいた。
鈴木くん、と無意識のうちに小さな声で名前を呼ぶと、何かされたのか?と少し慌てた様子で教室の中に入って来た。
「鈴木く、私のことき、嫌いに…なったんじゃ、?」
えぐえぐと泣きながら鈴木くんにそう伝えると、はあ?と言いながら自分のセーターで優しく私の目元を拭ってくれた。
「朝のことか?別に嫌う要素なんかないだろ」
泣くなよ、と困ったように言われ涙を止めようと試みたはいいけど、嫌われてなかったという事実に涙腺はゆっるゆるになってしまい止まらなくなってしまった。
「どうして、ここに」
そう言うと、鈴木くんは未だに目元を拭ってくれていた手を離してあー、と頬を掻いた。
「話したことのない男と作業すんの嫌っつってたから」
え、と私がまだその真意を掴みかねている内に鈴木くんはさっさとやるぞと私の座っている前の席に腰掛けた。
何をしたらいいか尋ねられて慌てて残った涙を拭い作業内容を伝える。
「(何てことだ目の前に鈴木くんが)」
椅子ごとくるりと振り返って向かい合った状態の私達。
どうやら手伝ってくれるらしい鈴木くん。
ドキドキと口から出そうになる心臓を押し込めて自分も作業に入る。
ペンを走らせる音が静かな教室に響く。
暫くその状態が続き、ふと鈴木くんのペンが止まっていることに気が付いて、どこか分からなかったのかと視線を上げるとバッチリと目が合った。
数秒、数十秒、どれくらいそうしていたか分からないけれど、視線を合わせたまま、鈴木くんは話し出した。
「…傘泣さんの考えでも、いいんじゃないか?」
自分をえらく責めているみたいだが、そう続けられ思わずでも!と声を荒げてしまう。
「でも、…私は本当のことを、言わなかったんだよ。言わないのは、嘘と一緒。だと、私は思う」
ぐ、と喉に詰まったような声が出て視界がぼやける。
この短時間で二度も泣くなんて本当に私はうざったい女だ。
鈴木くんは困ったように眉を寄せて悪いと謝った。
「泣かすつもりじゃ…。俺は別に嘘とは思わないし、話したことない男と作業するのが嫌なのな仕方ないだろ」
一人の方が効率が良いってのは手際の悪い奴とすると誰もが思うことだろ、と最後のカードを纏めながら言った。
私は思っていた反応と全然違う答えが返ってきたことに戸惑って黙っていると、鈴木くんは帰ろうかと言って自分の鞄と私の鞄を持った。
鍵を返すまで持っていてくれるとのことだったのでお礼を言って、ここ一週間やってきた手順で教室の鍵を締めて職員室に鍵を返す。
「鞄、ありがとう」
「おー」
「あと、手伝ってくれてありがとう。明日まで掛かるだろうなって思ってたのに」
そう言うとまた、おー、と返ってきた。
そのままの心地よい沈黙の中、校門を通りゆっくりと暗くなった道を歩く。
口を埋めたマフラーから白い息が漏れだし、微かに鼻が暖かくなった。
「…ありがとう」
「おー…?」
「鈴木くん」
1日だけれど、あなたと過ごすことの幸せを知ってしまった。
手でマフラーを下ろすと一気に唇の温度が奪われる。
「月が…きれい、ですね」
これが精一杯の私の勇気。
きっとあなたは意味を知らないでしょうけれど、それでもいいから、言いたかった。
「…そうだな」
私と同じように白い息を吐く鈴木くんは少し目を細めて月を見ていた。