罵り 
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「おはよう」

「お、はよう…?」

何で疑問系なんだよと聞かれても困ったものだ。
だって、昨日の放課後まで話したこともなかった自分の思いを寄せている相手が、挨拶をしてくれた。
それだけで私を動揺させ、狼狽えさせるには充分過ぎると思う。
たまたま下駄箱で会って、そのまま教室へ行くなんて、今までなら全く思いもしなかったこと。
特に何を話すわけでもないのに口が酸素を求めて無意味な動きをしてしまう。
それに気付いたのか鈴木くんはどうかしたのか?と顔を覗き込んできた。

「(顔が、近い!)」

鈴木くんは立ち止まって私の顔を覗きこんで、私は止まることの無いまま覗き込まれた。
つまりそれは必然的に距離が縮まるということで、予想以上の近さに鈴木くんも驚いたのが直ぐに顔を逸らした。
ちょっと残念だな、とどうせ何も出来やしないくせに肩を落とす。
ふと、鈴木くんを好きになったときのことを思い出した。
確か特にこれといった理由は無かったように記憶している。
ただ、私が図書貸し出しの係だったときに、彼が私の一番好きな本を読んでいるのを見かけて、気付けば目で追ってしまっていたのだ。

「傘泣さんは、」

そんな思い出に耽っていると、鈴木くんが少し昨日のような鋭さを含んだ声色で話かけてきた。
初めて名前を呼ばれた嬉しさよりも緊張感が上回る。

「…嫌じゃないのか」

「え…?」

何が、と問おうとしてああ、昨日のことかと気が付いた。

「俺は、優しいとか、苦労人だとよく言われる。平介と佐藤の世話を焼いていることで、勝手に」

少し俯いた鈴木くんは完全に歩みを止めてしまった。
朝の廊下の静かなような、賑やかしいような空気の中、つられて私も立ち止まる。

「違うんだよ。世話を焼いているだけなわけでもないし、優しさから一緒にいるわけでもない」

もう一度、違うんだと繰り返した彼に私は心臓を鷲掴みにされた気分になった。
私がもし、人から同じことを言われたら、きっと笑ってやり過ごすだろう。
そうやって、いつだって私は自分が楽なようにしか生きていないのに、鈴木くんは相手の真意を、本質を、捉えている。捉えようとしている。
友人を悪く言われることに、心底嫌気が差しているのだ。
そんな鈴木くんだからこそ、私はさらに憧れ、好きになったんだろう。
鈴木くんは私の汚いところを知らないから、私の心の内を話したら軽蔑されるかもしれない。
二度と、こんな風に話すことも、無くなるかもしれない。
けれど、彼を好きだから。
好きだからこそ、知っておいて欲しいんだ。

「…私が、もう一人の図書委員を毎回呼び止めないのはね。…優しい、とかだからじゃなくて」

少し時間の経った今、廊下はやはり賑やかしくて私達の会話に耳を傾けているような人はいなかった。

「一人のほうが効率が良いな、とか、あまり話したことのない男の子と二人は気まずいから、とか」

そういう思いがあるからなんだよ。なのに私は、気付いたらいなかったって言ったの。
そう言うと驚いたような目と目が合った。
私は下を向いていたつもりだったのに、無意識のうちに、反応を伺うように顔を上げてしまっていたようだ。
軽蔑されることを覚悟していたはずなのに、まだ淡い期待を持っている自分に嫌気が差した。
震える声を抑えて、じゃあ、と言って先に教室へと向かう私を、鈴木くんが止めることは無かった。


 
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