道化を演じ続けた人へ


墓碑の脇に添えられた白い花。穏やかな風が花弁を揺らし、平和な今を讃えていた。
「デスマスク」
少年は俯きながら独り言を漏らす。聞く者の居ない静かな場所で、この世界を去った男を追想しながら。生きている間には、決して分かり合うことのできなかった男を。
「あなたが重ねた行いはすべて、沙織さんの……アテナのためだった」

演技、だったなんて。知らなかった。知ろうともしなかった。
浅はかな考えだけで動いていた少年とは違う。かつて聖域で戦ったあの時も。少年の怒りを買ったのは故意だった。ああすることでしか、少年の中に眠る力を引き出せないと分かっていたから。
本来なら、勝つことなど到底できない相手だったはずだ。彼は少年に「勝たせた」。城戸沙織という少女が、真に女神たる器であることを証明するために。
彼女が聖域に乗り込み、女神であると宣言したところで、信じる者は誰一人としていなかっただろう。女神を守る聖闘士の力を、ひいては女神の正当性を皆に知らしめなければならなかった。
「黄金聖闘士を倒した」青銅聖闘士。その肩書きこそが必要だったのだ。

「俺はあなたを殺してしまった。あなたを悪だと決め付けた」
彼は自ら悪の対象となることで、憎しみをすべて受け入れようとしていた。
すべての戦いが終わり、やっとそのことに気付いた時には、もう。
「どうして、何も言わなかった。どうして、何も言ってくれなかった」

(おまえみたいなガキにわざわざ教えると思ったか?)

「言ってくれさえすれば、俺は。あなたを殺さずにすんだのに。あなたは、死なないでいてくれたかもしれないのに」

(大きなお世話だ、莫迦)

「……帰ってこい。戻ってこい。戻ってきてくれたら、最初に横っ面を殴り倒してやる。『どうして今まで黙っていた』、と言って。……次に、礼を」

(感謝されるために悪役やってたわけじゃない)

「それから、誤解をしていた日々に対する謝罪を」

(おまえが謝る必要なんてどこにある。俺はおまえを騙してただけだ)

「それから、」

(おい)

「……それから、」

(泣くなよ)

「それ、から、」

(……泣くなって)

「――っ、」


生き残ってしまった少年は、取り残されてしまった少年は、かなしみの涙をどうすればいいのだろう。
なみだ、なみだ、なみだ。あふれいづる、なみだ。
こどもはいつだって、おきざりにされる。


ぽろぽろと幼子のように涙を流す少年を、彼はただ見ているだけだった。一度ならず二度死んだこの身は、もう元の世界へと戻ることはできない。触れることも、声を届けることも。
彼の名が刻まれた墓碑に、少年の涙がとめどなく降り注ぐ。
戦いの中でしか互いを見出せなかった。それでいいのだろう、と彼は思っていた。しかし今、少年は泣いているのだ。許し合うことのできなかった過去を悔いて、泣いているのだ。
少年に対して、彼がしてやれることは何一つなかった。涙を拭うことすら、叶わない。

無慈悲なまでに冷たい墓碑は、少年の涙を染み込ませて、暗く深い哀しみを広げるだけだった。



(完璧すぎる演技に、俺は最後まで騙された)





2008/12/25


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