Super Size Smile!


カノン:マックでバイト中のフリーター
ラダ:割と大手の企業で地味に仕事してるサラリーマン
というパラレルです。



ファーストフード店のアルバイトは時給はそこそこだが忙しい。昼時になると店に入りきらんばかりの客が押し寄せる。お前らそんなにジャンクフードばかり食べて肥満になりたいのか、と店員らしからぬことを考えながら俺はカウンターの内側で欠伸をした。
昼の喧騒はどこへやら、現在の店内はかなり空いている。昼から夕方にかけてのこの時間帯は暇なのだ。夕方になると学校帰りの高校生でまた忙しくなる。今は貴重な「休憩時間」だった。
店内の清掃をする気にもならず、ひたすら眠気と格闘する。サッカーの中継で朝まで起きていたから睡眠時間は実質ゼロ、それでもこの仕事はただマニュアル通りのことをやっていれば余計なことを考えずに済むからまだ良い。体を動かしていても頭は寝ていられる。

やはりフリーターは楽だ。兄にはいい加減まともな職に就けと散々言われているが従う気は端から無い。何でも器用にこなせる俺なら、その気になればいとも簡単に一流企業に就職できるのだ。実際、兄に無理やり営業をさせられた時期があったが、そこでは最短記録で業績トップになった。しかしどうも俺は会社に尽くすタイプではないし、実家には働かずとも一生遊んで暮らせるだけの資産がある。俺に必要なのは手元に置いてある程度自由にできる金だけだ。それを稼ぐにはアルバイトだけで充分だった。
まあ、そのことを言うとまたサガがぐちぐちと説教するわけだが。真面目に毎日出勤する兄のスーツ姿を思い出して少し笑った。奴は仕事をしていないと生きていけない性質らしい。双子なのに真逆の性格だった。



思考が途切れてまた店の外を眺める。この時間になるといつも決まって同じ男性客が来るのだが、今のところ来る気配はないようだった。
記憶力の良さも関係しているのか、俺は一度店に来た客の顔と注文内容を全て覚えている。それが昼間の忙しい時間帯であっても同じだ。その特技が役に立ったことは一度か二度くらいしかない。せいぜい、ああまたあの肥満男がLサイズのポテト3つ頼みやがっただとか、あの高校生今日は彼女連れかよとか、しょうもない暇つぶしのネタになる程度だ。

そして、件の男性客は俺でなくとも一瞬で覚えられるであろうインパクトがあった。姿格好が奇抜だとかいうわけではない。身長が高いということを除けばそれほど目立たず、身なり自体はごくごく平凡なサラリーマン然としている男だ。
問題は顔……というか、身も蓋も無い言い方をすれば、あの客の全ては眉毛に集約されている。眉毛。見事なまでの眉毛。

『コーヒーのMサイズ、単品で一つ』

初めてあの客が店に現れて注文をした時、俺は真っ先に吹き出した。勤務中で無ければまず間違いなく腹を抱えて爆笑していただろう。今では勝手に「面白眉毛」と命名して心の中でだけそう呼んでいる。
初めての来店以来、その男はシフトが入っている時にはほぼ毎回、同じ時間帯にやって来る。そして何故か俺のいるカウンターの前に立ち、Mサイズのコーヒーだけを頼むのだ。日によって俺が待機するカウンターの場所はばらばらなのだが、その男が選ぶのはいつも俺のいる所だった。変な引力でも働いているのだろうか。俺としては面白眉毛を間近で見ることができるのでありがたい。

しかし物好きもいるものだなと思う。俺個人の好みからすると、この店のコーヒーはわざわざ金を出して飲むほどの味ではない。普通に自分で淹れたコーヒーの方が何倍も美味く感じる。それなのに毎回のように同じコーヒーを同じ店で頼むのだから、よほどこの店のコーヒーの味を気に入っているか、それ以外の理由があるかのどちらかだった。
しかし、先方にどんな理由があったとしても俺には関係のない話だ。店でコーヒーを頼んでいくだけの客の事情をあれこれ詮索するほど俺は他人に興味が無い。そういう役割は噂好きの女どもにやらせていればいいのだ。



そうこうしている内に3時が過ぎた。もうそろそろ忙しくなってくる頃だ。今日はあの面白眉毛は来ないのだろうか。毎回会っているからか、何だか少し物足りないような感覚を覚えた。名前を知らないどころか、注文以外の会話を交わしたことすらないのにおかしな話だと思う。
……だからって別に寂しいわけじゃ、ない。
自分に言い訳をしようとしたところで、店の自動ドアが開いた。顔を上げて「いらっしゃいませ」を言おうとしたが、俺の口は「い」の形のまま止まってしまった。

いつもの時間より少し遅れてやって来たのはあの面白眉毛。――しかも、真っ赤な薔薇の花束を両手に抱えて。
普段着ているものよりも少しばかり高級なスーツ、きっちりと締められたネクタイ、新品の革靴。そして極めつけの薔薇の花束。これからプロポーズでもするのかお前は、と突っ込みを入れたくなるような格好だ。ただ、眉毛だけは変わっていない。これだけ気合を入れた服装をしておきながら、何故この店に、よりによってファーストフード店に足を踏み入れたのか。場違いにも程がある。
店内が数秒間静寂に包まれた。全ての視線が男に集中する。息を呑んだというか、これは間違いなくドン引きの雰囲気だ。実際この面白眉毛を見慣れている俺でも引いた。

しかしそんな店内の雰囲気に構うことなく(もしかしたらこいつは自分が明らかに浮いてることに気付いていないのかもしれない)、男は迷いの無い足取りで俺のいるカウンターへ向かってきた。
「コーヒーのMサイズ、単品で一つ」
「え、」
男が注文したのはいつものコーヒーだった。男にとってはそれが習慣となっているのだろうが、俺は不意を突かれて間抜けた声を出してしまった。不覚だ。

「コーヒーのMサイズ、単品で一つ」
男は、俺がとっさに反応できないのを、注文を聞き漏らしたからだと思ったらしい。もう一度同じ内容を繰り返した。いつも同じものしか頼まないんだから間違えるわけないだろうと言いたくなったがぐっと堪える。やっと本調子を取り戻した俺はマニュアルどおりに注文を受ける。
「コーヒーのMサイズですね。代金は、」
「ああ、それともうひとつ頼みたいのだが」
予想外に次ぐ予想外だ。今までコーヒーしか頼んでこなかった男が追加注文してきた。まさかプロポーズの前にチーズバーガーでも食べるつもりなのか?訝りながらも大人しく男の言葉を待つ。

「スマイルを、くれないか。……テイクアウトで」

「……は?」
絶句。
店員としてこの反応は最悪だが、この時ばかりは何も言い訳していられない。俺は完全に硬直した。確かに稀ではあるが、罰ゲームか何かで「スマイルください」とふざけて言ってくる男子中学生がいないわけではない。しかしこういう場合、可愛い女性店員にその台詞をふっかけてその店員が慌てる様子をニヤニヤしながら眺めるのが普通だ。わざわざ男に言う奴など見たことがない。
しかし。しかし、だ。俺の目の前にいる男の顔は大真面目だった。罰ゲームでもなんでもなく素で言っているらしい。成人男性が「スマイルください」を言う場面に初めて遭遇した。俺が固まっている間にも「この店ではスマイルを0円で提供しているのだろう」と聞いてくる始末だ。しかも言われているのは俺ときた。これほどリアクションに困るシチュエーションは滅多にないだろう。もしかしてこの男は頭がおかしいのだろうか。
俺は動揺を悟られまいと慎重に言葉を選ぶ。

「あー……お客様、少々お待ちいただけますか。今、奥にいる女性店員を呼んで参りますので」
「いや、それは必要ない。俺はお前のスマイルが見たいのだ」
「……はぁぁ?」

再びの絶句。今ここで「実はドッキリでした」とか言われても俺は驚かない。だがドッキリよりも酷い現実は更に加速する。
「これをお前に」と言って男が差し出してきたのは、目立つにも程がある真っ赤な薔薇の花束だった。有無を言わさずカウンター越しに花束を押し付けられてよろめいてしまった。

「俺はお前が好きだ」
「な」
「何度も言おうと思っていたのだが機会が掴めなくてな……やっと言えた」
「なな、なななななな、」

ストレートすぎて一瞬何を言われたのか理解できなかった。
要するにあれか、お前は俺に会うためだけに毎日毎日足しげくこの店に通って、俺と注文のやり取りをするためだけに客の少ない時間帯を狙って来ては俺のいるカウンターに直行して、俺を見るためだけに美味くもないコーヒーを啜ってたって言うのか!?
なんてことだ。俺はたった今、自分のポリシーに反してこいつの事情を詮索してしまった。でもこれなら辻褄が合う。プロポーズ、もとい告白されたのは俺なのだ。

……困る。非常に困る。仕事中に、しかもファーストフード店というムードの欠片もない場所で、高級スーツに身を包み薔薇の花束を手渡す行為に及ぶこいつの思考回路が。男から好かれても迷惑だと嫌がるならまだしも、そこまで必死に思われて嬉しいとか思ってしまう俺の思考回路が。
自分も大概ダメだな、と心の中で溜息をつく。いつも回りくどいことばかり考えて生きているから、こうやってど真ん中ストレートに迫られると弱いのだ、俺は。

「僭越ながらお客様、0円なんてとんでもない」
店中の視線を全身に受けながら、俺はなるべく落ち着き払って言った。もうこの際どうにでもなれ、だ。周りにどう思われようと俺の知ったことではない。
カウンターの上に花束を置き、自由になった右手で男のネクタイを引っ張った。2人の距離が近くなる。そして開き直った笑みで一言、

「……俺のスマイルは、高くつくぜ?」



(俺は即日バイトを辞めたのだが、店では「薔薇の花束を持ったスーツの眉毛男がバイトの男性店員に愛の告白をし、店員はそれを男らしく承諾してホモカップルが成立した」という話が伝説として店員の間で語り継がれているらしい)





2010/07/18


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