夢の亡骸


※主軸はサガとカノンですが、LC双子の存在を前提にした話です



やさしいひざし やわらかなとりのこえ みどりいろのしばふ
そこにいるのは ふたりのこども
おなじひとみ おなじかみ おなじかお
とてもそっくりなふたりが かたをよせあいながら わらう わらう

「ねえ ■■■■■」
「なあに にいさん」
「■■■■■は 『りんね』ってことば しってる?」
「ううん しらない」
「たましいとからだは べつべつにあって からだがきえてしまっても たましいはのこっているんだって」
「へえ」
「だから たましいは なんどでもうまれかわるんだよ」
「……うまれかわる?」
「そう あたらしいからだで あたらしいいのちを いきるんだ」

ひとりのこどもは やさしくほほえむ
ひとりのこどもは すこしだけかんがえる
うまれかわる ということについて

「うまれかわったら どうなるの?」
「それはぼくにもわからないけど いままでとはぜんぜんちがういのちを いきるんじゃないかな」
「ちがう いのち」
「あたらしいであいがあって あたらしいわかれがあって きっと おなじひとにはであわない」
「……」
「もしうまれかわれるなら ■■■■■は なにになりたい?」

たわいのない ぎもん
けれど ひとりのこどもはうつむいて ふかくふかく おもいをめぐらせる
そうして やっと かおをあげた

「ぼくは もういちど……ううん なんどだって いつだって」

ひたいとひたいを あわせて
はながほころぶように わらう わらう

「にいさんのおとうとに なりたいなぁ」




◆ side K


――覚醒は突然だった。
はっと目覚めた時、目の前には見慣れた白い天井があった。身体を起こさず目だけで周りを見回す。
朝日が差し込む広い窓、窓の脇に置かれた華奢な花瓶、そこに生けられた名前も知らない小さな花。小難しい書物がびっしりと並ぶ本棚、膨大な量の書類が積まれた文机、壁掛けの重々しい時計。……そうだ、ここはサガの部屋だ。そして俺が今しがた身体を横たえているのはサガのベッド。

俺は何故ここにいるんだろう。確か昨日は久しぶりに兄弟二人で晩酌をして――酔った勢いでここを自分の部屋だと思い込んだまま眠りに落ちたのだ。記憶は曖昧だがそうに違いない。
ああなんてことだ。またやってしまった。あまり酒を飲まないサガの代わりに呷りまくって意識消失なんて、間抜けなことこの上ない。両腕を顔の上で交差させて小さく唸った。ちくしょうまたサガの奴に説教される。あいつは甲斐甲斐しく世話を焼くくせに、後になってからくどくど文句を言ってくる。適当に受け流そうとしても全部見抜かれて、更に声を大きくするから嫌なんだ。
溜息をついて扉に目をやった。こっそり逃げるなら今のうちだ。しかし身体がだるくて動きたくない。逃げるか大人しく説教を聞くか――

「……あ」
……げ。
「起きていたのかカノン」
……そりゃまあ、ついさっき。
「すまないな気が付かなくて……着替えを持ってくるから待っていろ」
そう言うなりサガは今入ってきた扉からまた出て行ってしまった。何なんだ一体。いつもは開口一番怒鳴ってくるはずだ。それこそ布団を捲り上げてベッドから叩き落すんじゃなかったのか。着替えを持ってくるとかいう気遣いを見せるわけがない。おかしい、何かがおかしい。いつものサガと違う。そういえばさっき見たサガの表情も別人のように思えた。やけに優しいというか神妙というか……

今日は朝っぱらから変だ。そもそもあの夢。夢の中の風景はどこか見覚えがあるような気がしたが、そもそも抽象的すぎて話にならない。あんな風景は聖域を探せばいくらでも見つけられる。
双子がいた。しかも俺たちによく似ている。でも俺たちじゃない。……俺たち双子はあんなに仲が良くないんだから当たり前だ。「にいさん」と呼ばれていた方は確かにサガとそっくりだったが、もう一方――何という名で呼ばれていたかはよく分からなかった――は、浅黒い肌をしていた。あれはどこをどう見ても俺じゃない。
別人。……別人の、はずだ。

――ならば何故、こんなにも懐かしく感じる?

頭の中が錯綜していた。たかが夢の出来事だというのに途方もなく混乱している。あれは別人で、俺には関係のないことだと思い込もうとしてもできなかった。見に覚えがないはずなら、夢に見ることもない。もしかしてあれは……あれは、俺の「記憶」にあるものなのか?
上体を起こして頭を抱える。まったくもって意味が分からない。

うんうん唸っているとサガが再び現れた。腕に抱えているのは服だ。俺の部屋から勝手に持ち出してきたらしい。昨日の晩は俺がこの部屋を占領していたから、サガは代わりに俺の部屋で寝ていたのだろう。
「ほら、着替えだ」
ベッドの横まで歩いてきたサガは手にしていたものを無造作に放り投げ、服がベッドの上に落ちた。……サンキュ。今日は随分と親切じゃないかお兄様。
「……ああ」
どうした?何か変だぞ、お前。
「……ああ」
おい……?
それきりサガは俯いて言葉を発しなかった。気まずい沈黙が流れる。着替えようにも居心地が悪くてその気にならなかった。夢の内容といいサガの態度といい、一体なんだっていうんだ。
「……変なのはお前のほうだ、カノン」
は?
「先ほどからずっと泣いているのに、口先ばかりいつも通りで」
……は?
「泣きたいのなら全身で泣けばいいだろう。今更強がったところで何にもならない」
何言ってんだサガ、俺は別に泣いてなんか……、
目元に手を当てた。あたたかい液体に触れた。それが涙であり、涙を流しているのは俺自身だと理解するまでに数秒かかった。

な……んで……泣いてんだ、俺……
呆然とする。泣いている。この俺がだ。悲しくもなんともないはずなのに。……本当に、悲しくないのか?自問自答する。そういえば朝起きてから胸がきりきりと痛い。この痛みはどこから来る?身体的な痛みではない。胸の奥で――遠い過去、遠い記憶が痛みを訴えていた。
あの夢だ。あの夢は「記憶」に繋がっている。俺の記憶じゃない。もっとずっと、遥か遠くの「記憶」が痛みを呼び覚ましている。痛い、痛い、痛い。
俺は無意識のうちにサガの方へ手を伸ばしていた。俺自身の意志ではない。ただ本能というべきものが、「兄」のぬくもりを欲していた。サガは瞠目して俺の手に視線を注いでいたが、不意に目を細めた。サガ自身もまた痛みに耐えるような仕草をする。そして求めに応じて、俺の身体ごと抱き締めてきた。……あたたかい。
涙は途切れなかった。目を見開いたまま、零れ落ちるままに任せる。これは一体「誰」の涙だろう。この胸の痛みは「誰」のものだろう。

……にいさん。
おれは、しらないはずなんだ。あんなゆめ。あんなけしきも。……なのに……なのにどうして、なみだがとまらないんだろう……どうして……どうしてこんな……なつかしくかんじてしまうんだろう……?どうしてこんなに、むねがいたいんだろう……?

小さく呟いていた。それは確かに俺の声だったが、同時に俺ではない「誰か」の声でもあった。
「カノン」
サガが俺を呼んだ。紛れもなくそれは俺の名だ。サガが呼んだのは俺以外の誰でもないはずだった――だがどうしてか、サガではない「誰か」に呼ばれているような気がした。俺ではない「誰か」を呼んでいる。
俺はその「誰か」の代わりに泣いているのだ。泣くことができなかった「誰か」の代わりに。
そしてまたサガも、「誰か」の代わりに抱き締めているのだ。抱き締めてやることができなかった「誰か」の代わりに。

にいさん。
「カノン」

呼びかけを重ねるたびに、抱き締める力は強くなった。
サガの腕の中で確信した。……ふたりは、同じ夢を見たのだと。



◆ side S


――まるで長編映画を鑑賞した後のようだった。
登場人物に感情移入しきってしまって、本編が終わってもまだ自分が物語の中にいるかのような錯覚を覚える。そして他人に指摘されてからやっと、「ああ、あれは映画だったのだ」と気付く。それほどにリアルな夢だった。夢の中の風景も、出てきたふたりの人物も、ひどく朧で細かい部分を覚えていないほど抽象的であるのに、見終わった後の感覚はまるで今まさに自分が体験した出来事のように思えてしまう。

私は瞬きを数度繰り返した。白い天井が見える。目だけで周囲を見回した。汚れの溜まった窓から差し込む朝日は、少しばかり翳りを帯びている。天井の隅には蜘蛛が巣を張っていた。この部屋を最後に掃除したのはいつだったか思い出せない。久しぶりにカノンも動員して大掃除をしなければならないな、とぼんやり思う。
窓辺に無造作に置いてある花瓶に花が生けられなくなって久しい。水を取り替える者もいなければ、愛でる者もいないのだ。部屋の本来の主であるカノンは、めったにここで寝泊りしない。毎日のように宿を変え、一定の住処を持とうとしないのだ。いつその場所が失われるか分からない、だったらはじめから居場所を作らなければいいだろう?――昨夜、酒に酔ったカノンが呟いた言葉。あの時はただの言い訳にしか聞こえなかったが、もしかしたら、あれは紛れもない本心だったのではないか……?

そこまで思考を巡らせて、私ははっと我に返った。起きたばかりだというのに、どうしてこんなに深く考えなくてはならないのだ。早く着替えをしなければ。カノンを起こすのは朝食を作り終えてからでいいだろう。ぼんやりとする頭に無理やり覚醒を促してベッドを抜ける。埃が積もった床を素足で歩くと不快感が募った。今まで掃除を怠っていた罰だ。
クローゼットの前を通り過ぎようとしたところで足が止まった。……そういえば私は裸のままだった。いつも寝る時は裸なのだから今更違和感を抱くわけでもないのだが、今日はカノンがいる。あの愚弟は私が裸でいることに凄まじい拒否反応を示すのだ。自分の宮の中でくらい自由にさせてほしい。開放感を味わえないではないか。だが久しぶりにカノンと共に朝食を取れるかもしれないのだから、ここは私が我慢するしかないと思った。

自分の部屋に戻って着替えを取りに行くことも考えたものの、熟睡しているであろうカノンを起こすのは気が引けた。どうせ私たち双子は体格がほとんど同じなのだ。サイズが合わないものがあるはずがない。私はカノンの服を拝借することにした。
何箇月かぶりに開けられたクローゼットの中はかなり埃っぽかった。一度として着られもせず放置されたシャツやら何やらがひしめき合っていた。そういえばこれらの服は、私が気を揉んで揃えてやったものだったな。カノンは決して着ようとしなかった。くだらない意地の張り合いだ。
埃被害の少なそうな服を選んで身につける。何もかもぴったりだったので少し苦笑した。
そして、乱れた髪を整えようと姿見の前に立ち――私は硬直した。

泣いて、いる。

誰が?などと自問する必要はなかった。涙を流しているのは他でもない、鏡の前に立つ私自身だった。
……何故。自分でも気付かなかった。羽織ったシャツがやけに水分を含んでいると思ったが、あれは私の涙だったのだ。あまりにも無自覚だった。そもそも泣く理由がないのだから当たり前だ。……泣く理由?ほんとうに無いと言い切れるのか?
私はもう一度鏡を見た。驚いて目を見開きながら自分自身を凝視する私が見える。私はたった今泣いているというのに、鏡に映る私の涙をどこか客観的な目で見ていた。まるで私ではない「誰か」が泣いているような感覚だった。
胸が痛い。この痛みも、涙も、確かに私のものであるはずなのだ。しかし私は、悲しい、寂しい、痛い、切ない、懐かしい、と思うだけで、それらの感情がやってくる場所を判別できなかった。

――カノン。

唐突に弟を心の中で呼んだ。何故そこでカノンの名が出てきたのか分からない。ただ、会わなければと思った。
手の甲で涙を拭う。それでも涙は溢れてきたが、私は無理やりそれを押し込めて、隣にある部屋へと歩みを進めていた。

……あ。
「……げ」
起きていたのかカノン。
「……そりゃまあ、ついさっき」
すまないな気が付かなくて……着替えを持ってくるから待っていろ。

私はすぐさま部屋を出て行った。そして今いた部屋へと戻るやいなや、扉を背にしてその場にしゃがみこんだ。
……泣いていた。カノンが。しかも私と同じように無意識に。双子は意識を同調させやすいというが、見る夢まで同じだというのだろうか。夢。あの夢。夢の中で私は双子の「兄」だった。その子供は私によく似ていた。「弟」は肌の色こそ少し違っていたが、カノンと同じ目をしていたように思う。あまり具体的な内容は思い出せなかったが、なぜか部分的な情報だけは鮮明だった。
あれは……あの子供は、私なのだろうか。いや違う。違うけれども、同じだ。奇妙な矛盾が成立していた。
混乱する思考をよそに、身体は驚くほどてきぱきと行動を始めていた。クローゼットからもう一式服を取り出し、カノンのいる部屋へ持っていく。そうだ、あのままカノンを独りにしてはいけない。

ほら、着替えだ。
できるだけ平静を装って、持っていた服をベッドの上に投げてやる。
「……サンキュ。今日は随分と親切じゃないかお兄様」
……ああ。
「どうした?何か変だぞ、お前」
……ああ。
「おい……?」
口頭ではいつも通りの受け答えをするカノンだったが、ぼろぼろと流れる涙には一向に気付いていないようだった。私が指摘してやるべきなのだ。きっとこの弟は、たとえ鏡を見たとしても自身が泣いていると認めないだろう。

……変なのはお前のほうだ、カノン。
「は?」
予想通り間抜けな反応が返ってきた。私は言葉を続ける。
先ほどからずっと泣いているのに、口先ばかりいつも通りで。
「……は?」
泣きたいのなら全身で泣けばいいだろう。今更強がったところで何にもならない。
「何言ってんだサガ、俺は別に泣いてなんか……、」
カノンが咄嗟に手を目元に当てた。頬を伝うものの温かさに驚愕の表情を見せる。やはりこの弟は今の今まで自分が泣いていることに気が付いていなかったのだ。
「な……んで……泣いてんだ、俺……」
呆然と呟く。まったく自覚がなかったようだった。おそらくカノン自身の意志による涙ではないのだろう。私はしばらくの間その様子を見つめていたが、とうとうカノンが耐え切れなくなったように私の方へ手を伸ばしてきた。親の腕を必死で求める幼子にも似た必死さがあった。手が震えている。その痛みや悲しみは、カノン独りでは抱えきれないほどに深かった。私は一心に「弟」を抱き締めた。……あたたかい。それは今ここに生きる者のぬくもりだった。世界で一番近くに感じる半身の存在。
「……兄さん」
私の腕の中でカノンが呟いた。兄さん、と。久しぶりにそう呼ばれたような気がする。

「俺は、知らないはずなんだ。あんな夢。あんな景色も。……なのに……なのにどうして、涙が止まらないんだろう……どうして……どうしてこんな……懐かしく感じてしまうんだろう……どうしてこんなに、胸が痛いんだろう……?」

果たして、その痛みを訴えているのは真に「カノン」自身だったのだろうか。私には分からない。
カノン。
こうして互いの名を呼ぶことすらできなかった者達もいたのだ。わけもなく悲しかった。せめて私たちは、限りなく慈しみ合いたいと思った。

私たちは長いこと無言で抱き締め合っていたが、やがてどちらともなく離れた。しかしまだ名残惜しく、部屋を出るのが躊躇われた。私は椅子に腰掛けたまま、カノンが着替えを終えるのを待っていた。
「兄さん」
白いシャツに腕を通したカノンは、鏡の前で自身を見つめながら言った。
「今日……俺が朝食作るよ」
その横顔は少しだけ赤くなっていて、恥ずかしげだった。兄孝行を申し出した自分の発言に照れているのだ。私は急にこの愚兄が愛おしくなって、柔らかく微笑んだ。
……そうか。それなら、厚意に甘えるとしようかな。
「……ん」
こくりと頷くカノンの仕草がとても子供っぽい。私はますます笑みを深くした。

そうだ、これでいい。私たちには「これから」がある。たとえ互いに傷付け合った過去があったとしても、現在から未来へ続く中で溝を埋めていけばいい。
あの悲しくも美しい幸福な夢に向けて、私は心の中で手を振った。



(どうか今日もふたりの世界が美しくありますように)





2009/12/01


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