カレイドスコープの溜め息


「土産だ、受け取れ」

空間が三角形の形に切り取られ、そこから青の男が現れた。手には「土産」らしい、小さな赤い筒。
ほら、と無造作に放り投げられたそれは、柔らかな放物線を描いて、彼――居城の応接間で紅茶を飲んでいたラダマンティスの手の中に収まった。
「何だこれは……」
「万華鏡。星矢たちから貰った」
聞き慣れない名前にラダマンティスは一瞬首を傾げたが、すぐに「ああ、ペガサスのことか」と納得する。冥王軍を壊滅に陥れた聖闘士の一人を忘れるとは、平和ぼけというやつだろうか。

「……しかし、何をする道具だ?見たところ、実用性のかけらも無いように思えるが」
「道具じゃない。子供の玩具だ」
「玩具?俺が子供だとでも言いたいのか」
「言わないさ。ただ、ラダに似合うと思って」

似合う?この可愛らしいものと、俺が?
カノンの不可解な発言のせいで、ラダマンティスの頭の上に飛び交う疑問符が更に増えた。
衝撃を加えればすぐにでも壊れてしまいそうに思える華奢な筒。これと自分との結びつきを探そうとしても、共通点がまるで思いつかない。

悶々と考え込んでいると、不意にカノンが噴き出した。
「単なる比喩だ。そんなに眉根を寄せて考え込むようなことじゃない」
「ならば最初から言うな」
真面目に考えてしまった自分が道化のようだ。カノンに一瞥をくれると、彼は肩を竦めてみせた。
「でも、綺麗だろう?」
中を覗いてみればいい、というカノンの言葉に促され、ラダマンティスは「万華鏡」と呼ばれる筒の中心にぽっかり開いた穴を覗き込んだ。

(しゃらあん くるくるしゃあん きらくるしゃあん はらころしゃらあん)

――確かにそれは、美しかった。
「名は体を表す」とはよく言ったものだ。「万華鏡」という名の通り、万の華を鏡に映し、光がもたらす輝きの恩恵をささやかに受け取っていた。目の前で光が煌き、幾度もその形を変えて目を楽しませてくれる。ひとときの癒しが、筒の中の狭い世界に満ち溢れていた。

(しゃらあん くるくるしゃあん きらくるしゃあん はらころしゃらあん)

しばらくの間、万華鏡に見入っていた。
この小さな穴を覗かれなければ、美しさを誰かに知られることはない。決して自己主張せず、ただそこに在り、内包された美を見い出す者を待ち続ける―――ともすれば、他の華美な装飾たちに飲み込まれてしまいそうな中で、万華鏡は控えめでありながらも凛とした美しさをラダマンティスに見せていた。
自分には、芸術や美術といったものを解する心はない。そのようなものに安らぎを求めるのは、時間をいたずらに浪費だけだとさえ思う。だが、これは芸術でもなければ美術品でもなく、「万華鏡」だった。

(しゃらあん くるくるしゃあん きらくるしゃあん はらころしゃらあん)

「ラダ」
「……」
「……ラダ?」
「……」
「ラダ、」
「……」
「ラダマンティス、」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……おい、カノン」


声が聞こえなくなったかと思えば。それまでラダマンティスに色とりどりの煌きを見せていた光の世界が、黒い影によって遮られた。カノンが、光の当たる部分を手で覆っているのだ。
「そこをどけ、見えないだろう」
「嫌だ」
楽しみを邪魔されて少しばかり不機嫌になったラダマンティスは、カノンという名の障害物を除けようとして――押し倒された。
「な……っ!?」
驚く声を上げる暇もなく唇を塞がれる。
手に持っていた万華鏡はもぎ取られ、カノンは容赦なくそれを乱暴に放り投げた。儚い音と共に万華鏡が床へと落下する。
長い接吻が終わると、ラダマンティスは真っ先に万華鏡の心配をした。

「こら、壊れるだろうが!」
「あんな筒、壊れても構わん」
「あれはおまえの持ってきたものではなかったのか?」
「関係ない」

カノンは彼以上に不機嫌な顔だった。
ここで不機嫌になるべきなのは、楽しみを理不尽に奪われたラダマンティスであるはずだ。一体どうしてカノンが機嫌を損ねる必要があるのか、彼には見当も付かなかった。
「カノン、おまえ……」
「物に嫉妬して悪いか!」
カノンが叩きつけるように言い放つものだから、ラダマンティスは面食らった。
嫉妬?物に?……「物」とは、この場合万華鏡しかあるまい。つまりカノンは、万華鏡に嫉妬したのだ。

「おまえには、俺だけを見ていてもらわないと、困る」

小さくそう言って、カノンはラダマンティスの胸に顔をうずめた。
この五歳年上の恋人は、時々こうやって妙に可愛く拗ねる。少々乱暴で強引なのは、甘え方を知らないからなのかもしれない。カノンの背中に腕を回し、今度はラダマンティスのほうから唇を寄せた。
「……これで満足か?」
「いいや、もっとだ」
二人は口付けながらソファーに身を沈める。
最初のうちは互いに見つめ合い、しかしやがて、どちらともなく目を閉じた。



(言われずとも、俺の瞳はいつだっておまえしか映していないというのに)





2009/04/07


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