電波なキミ


フワンテちゃんから手を離して、私は乾いた地面に降り立った。
ここに来るのは2週間ぶりだ。今日も相変わらずあの人が立っていた。毎日毎日飽きもせずここにいるんだから暇人だなあと思う。もしかしたら暇でここにいるわけじゃないかもしれないけど、その理由を詮索するつもりはない。

「せんぱーい、お久しぶりですー」
にこにこしながら近寄ると、その人は呆れたように私を見た。
「またお前か」
「またって何ですかまたって。せっかく会いにきてあげたのに」
私はこの人のことを先輩と呼んでいる。トレーナーとして私より先輩だから、せんぱい。別に名前でもよかったけど、この人は私に名前を呼ばれるのがあんまり好きじゃないような気がするからやめておいた。本人からやめろって言われたわけじゃなくてただの勘だ。でも私の勘はよく当たる。今までもそうやって咄嗟の判断を頼りにポケモンバトルを勝ち抜いてきた。

先輩のためにわざわざ会いに行ってあげてるのに、向こうは有難迷惑みたいな顔してる。わざとらしくそんな顔しなくてもいいのになあ。
本当はひとりが嫌なくせに、ひとりを選ぶ寂しがり屋。でもそんな先輩が待ち焦がれてる一人を、私は知っている。
「あ、そういえば。私、昨日Nって人に会いましたよ」
「え」
案の定、先輩は途端に目の色を変えて私に聞いてきた。表面では平静を装ってるけど、内心動揺しまくりなのはバレバレだ。ほんと、隠し事ができない性格なんだから。

「ぷ、せんぱい変な顔」
「してない」
「してますって」

2年前のプラズマ団事件のことを、私はよく知らない。私の住んでた場所はイッシュでも田舎の方で、プラズマ団の話はそれこそテレビの中くらいでしか聞いたことがなかった。
だから、目の前にいる先輩がその事件の当事者なんだと聞かされても、私は「へー」としか思えなかったし、今までも半信半疑だ。だってこんな駄目人間っぽい人が、かつては英雄としてイッシュの運命を左右する立場にあったなんて信じられる?無理無理。
2年前の事件について懇切丁寧に教えてくれたチェレンさんには申し訳ないけど、英雄だとか伝説のドラゴンポケモンとか、だいぶ実感のない話だった。
そんな私でも、Nという人の名前が先輩にとって特別な意味を持っていることは知っている。

「……どうだった?Nと会ってみて」
「えー?普通でしたよお?」
なんでもないように一言。
実際私にとってはなんでもないことなのだ。毎日たくさん出会う人々の一人。だけど先輩にとってはそうじゃない。私の普通は先輩の特別。

「普通って……」
「普通です。ほんと拍子抜けしちゃうくらい。元王様とか聞いてたから、もっと凄い人だと思ってたんですけど」

昨日偶然の出会いを果たしたNという人は綺麗な顔をしていた。
ポケモンの声を聞く不思議な力を持ってる以外に特筆すべきことはなかったと思う。私の興味がそこまで彼に向かなかったというのもあるけど。
この人本当に王様だったの?と疑問に思うくらい、印象としては普通だった。まあ先輩が英雄になれたくらいなんだから、先輩よりスペックが高そうなこの人が王様でもおかしくはないか。

「本当にそれだけだった?」
「へ?」
「だから、Nに対する印象が」
「何度も言わせないでくださいよお。ぜーんぜん普通ですって。ちょっと喋るの速いかな?って思ったくらいで」

あんまり私の好みのタイプじゃなかったかも…と興味なさげに呟いたら、先輩は急に押し黙ってしまった。あれ、何か変なこと言ったかな。もっとこう、とっても綺麗な人でしたよーとか、優しそうなお兄さんですよねえとか、褒める言葉を使うべきだっただろうか。
でもそこまで言葉を尽くすほど強烈な印象が無かったんだから仕方ない。

「あのNが『普通』か……変わったなあ」

先輩はお腹を抱えてくすくす笑い出した。今の話のどこに笑うところがあるんだろう。
私が首を傾げても先輩はおかしそうに笑い続けている。なんだか私だけ仲間外れにされてる気がしてちょっと面白くない。
「なんなんですかせんぱい、Nってヒト、実は変態さんだったりするんですか?」
「変態というか変な奴だよ、うん」
「私はよく分かんないことで笑ってるせんぱいの方が変だと思いますけどねっ!」
唇を尖らせてそっぽを向くと、先輩はなおさら笑い声を大きくした。ほんと変なの。


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