ふたりで奏でるソリスティア【後編】4


「おいトキヤ、今のフレーズの歌い方なんだそれ」
「は?ラストサビに向かって気持ちを高めるためのクレシェンドですが?」
「いや、くどいな。お前の悪い癖だ。この曲の場合、Cメロから大サビに移行する時はもっと世界をガラッと変えるべきだろ。今の歌い方じゃ連続性がありすぎる」
「でも語り手の人格が変わるわけではないでしょう?クレシェンドによってシームレスにサビへと繋いだ方が一貫性があります」
「違うな。語り手は同じでも内面は変わってるんだ。ここは譲れねえ」
「あなた、何も文句は言えないんじゃなかったんですか……」
「それとこれとは話が別だろ」

作曲家とアイドルが、顔を突き合わせて喧々諤々の舌戦を交わしている。曲作りのための議論だ。すべてはより良い曲を作り上げるため――なのだが、あまりに相手に遠慮がないので、傍から見れば喧嘩をしているようにしか見えない。
中間試験まで残り一週間を切っているが、未だに最後のサビの歌い方が決まらないのだった。猶予がないのは分かっている。だが、だからといって妥協するわけにはいかない。ペアを組むと腹を決めたはいいが、互いに譲り合えない性格は一朝一夕で変わるようなものではないのだ。



――しかし、いつまでも喧嘩ばかりしているかといえば、そういうわけでもないらしい。
再び食卓を囲むようになった二人が、「いただきます」と手を合わせる。今夜のおかずにも性懲りずナスが入っていた。砂月は溜息をつく。

「お前、おかずにしつこくナス紛れ込ませるのいい加減やめろよ」
「……気付いていたんですか。ですが私は諦めませんよ。あなたがナス嫌いを克服してくれるまでは」
「そうじゃねえ。別にナス嫌いじゃなくなったって言ってるんだよ」
「え……?」
そういえば、以前まではナスの存在に気付いたら眉を顰めていたものだが、今は別段気にしているようではない。トキヤはそれを、砂月が気付かない程うまくナスを紛れさせることに成功していると思っていた。

「き、嫌いじゃないなら早く言ってください!そんな、今までナスのレシピを必死で考えていた私が馬鹿みたいでしょう……!」
「誤解してるようだから言うが、俺は最初からナスが平気だったわけじゃない。お前の料理を食ってるうちに克服したんだ。それくらい察しろ」
トキヤは狐につままれたような表情で砂月を見ていたが、不意に眉尻を下げて、くしゃりと笑った。空回りしていた自分が馬鹿らしくなったのと、砂月がもぐもぐとナスを食べる様子がなんだかおかしく思えたのだ。
「まあ、いいですよ。そういうことにしておいてあげます」
二人が食事をする夜は、これからも続いていく。





七月某日。
中間試験を終え、学校全体が開放感に包まれる中、その日はしめやかに訪れた。すなわち結果発表の日である。
今回は上位20位までのペアの名前が掲示板に貼り出されることになっている。浮かれていた生徒たちも、この時ばかりはそわそわと互いの顔を見合わせていた。中間試験とは銘打ってあるが、今後の先行きを大きく左右するものであることは自明だ。結果によっては、相性が合わないとしてペアを解消する者も出てくるだろう。

Sクラスの翔も、結果発表を前に緊張している生徒の一人だった。その隣ではレンが立ったまま寝ようとしている。
「おいレン!呑気にしてんじゃねーぞ!ホラもう貼り出される!あーっやべえ手汗がすげえわ」
「おチビちゃんは百面相が忙しいねえ」
翔は掲示板の前までレンを引っ張っていった。多くの生徒たちが結果を見にごった返す中、翔は自分の名前を確かに発見した。安堵感で涙が出そうになる。

「はあ〜〜〜よかった、10位以内……」
「すごいじゃないかおチビちゃん!オレも鼻が高いよ」
「とか言ってお前もちゃっかり俺の上に入ってるじゃねえかクッソー!お前に負けるのは腹立つ!」
「いててて八つ当たりだよそれ」

翔とレンがじゃれ合っていると、後方にいた群衆が俄にざわついた。人の海がぱっくりと二つに割れる。「え、何?モーセの奇跡?」などとレンが笑っていると、その間にできた道を二人の人物が歩いてくるのが見えた。――砂月とトキヤだ。生徒たちが道を開けたのは、ひとえに二人が放つ威圧感に負けてのことだった。

そうだ、あの二人は?と翔は慌てて結果発表の紙を見やった。もちろん確かめるまでもなく、
「……ぶっちぎりじゃん」
「そんな気はしてたよ。やっぱりオレの思った通りだ」
「なんでお前がドヤ顔すんだよ……」

肩を並べて歩いていた二人は、掲示板の前に辿り着くと緩慢な動作で紙を見上げる。「四ノ宮砂月」と「一ノ瀬トキヤ」のふたつの名前が、さもそこが定位置であるかのように、一番上に載っていた。

「当然だな」
「当然ですね」

だが、互いに嬉しがる様子はない。二人とも仏頂面である。1位になるのは当たり前の結果だったからだ。
生徒たちのざわめきはいつの間にか収まっていた。その場にいる誰もが、トップの座を勝ち取ったペアのやり取りを見守っている。ある者は息を詰めて、またある者は友人同士でひそひそと噂話をしながら。にこにこと笑っているのはレンだった。そこから少し離れた場所にいる那月と春歌も微笑ましそうにしている。

「今回はあくまでも仮のパートナーということでしたが……まあ、今後もあなたとペアを続けてあげても構いませんよ。あなたが最高の曲を作り続けるというのならね」
「それはこっちの台詞だ。お前が俺の曲を一番うまく歌えるなら、考えてやらないこともない」
空気が張り詰める。しばらく睨み合いが続くが、やがてどちらともなく吹き出した。

「……いいでしょう。これからもよろしくお願いしますよ、砂月」
「ああ。お前こそせいぜい頑張れよ、トキヤ」

翔がほっと溜息をついたのを合図に、見守っていたギャラリーにも安堵の空気が広がる。なんて人騒がせな二人だろうか。だが、早乙女学園のトップをひた走るには、これくらいの癖の強さがなくては務まらないのかもしれない。中間試験で歴代最高得点を叩き出したペアの歩みは止まらない。

――卒業オーディションまで、あと8か月。




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2020/04/19

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