懺悔室は開かない


氷に閉ざされた大地、容赦なく吹き付ける氷点下の風。荒々しさと静けさが同居するその場所で、彼は独り立ち尽くす。凍えるような寒さにも関わらず彼のは表情ひとつも変わらなかった。

――彼は待っているのだ。
あの時失った感情の持ち主を。心にぽっかりと空いた穴を埋めてくれる存在を。
既に2年が経っていた。待ち人はまだ来ない。それでも彼は待つ。相手を信じているからか……いや、信じたいから。信じたいと願う心が、彼の足を凍土に留めている。
吐く息は白く、体外から出た瞬間に透明な氷の粒となって地に落ちていった。

ざくり、ざくり。
次から次へと降り積もる雪を踏み締めて、彼の元へ近付く足音がひとつ。
「……呆れた。まだこんな所で待ってるの?」
心底馬鹿にしたような声が彼の背中に突き刺さる。けだるげに彼は声のする方に向き直った。

「ほんと馬鹿みたい。いくら待ったって来ないもんは来ないわよ」
「……お前には関係ないだろ、トウコ」

久方ぶりに言葉を発した。もう随分と長いこと自分の声を聞いていなかった。声変わりを終え、あの時よりずっと低くなった自分の声に違和感が拭えない。

彼は早く大人になるために、「少年」としての部分を自覚的に切り捨てていった。少しでも追い付きたい一心で。
だが、止まってしまった心の時間を無理に進めようとするのは間違いだった。体の成長に心が追い付けないまま、彼は少年から青年へと移り変わろうとしていた。これじゃあ、いつかのあの人と同じじゃないか。分かっていても止まらない。

その矛盾を彼女は見透かしていた。
「関係あろうが無かろうがどうでもいい。あたしは、あんたがいつまでたってもそこから動けないでいるのが許せないだけ」
苛立ち混じりに吐き捨てた。美しい真白の雪を、その細い足で踏みにじる。
「もう2年経った。あんたは図体ばっかり大きくなって、可愛いげがなくなって、なのに……本質は何も変わってない。
トウヤ。あんたの心は今も、あいつが飛び去った穴の前で立ち尽くしてる」

それはお前だって同じだろう。

喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。わざわざ言う必要のないことだった。彼女もきっと分かっている。彼女が彼に向けた言葉は、そのまま彼女自身にも反射するという事実を。
――そう、彼女もまた焦がれていた。2年前に一切の痕跡を消したあの男。必死に追いかけて追いかけて、それでもまだ、欠片すら見つからない。焦りは彼女の足を止めるどころか、より一層速める結果になった。

少年は立ち尽くす。少女は走り続ける。
追いかけることを諦めた少年と、諦めきれない少女。
静と動、まるで何もかも違うように見えて、本当は同じ場所にいる。彼等は真逆なのに、似てほしくない所で似ていた。それがどうしようもなく憎らしい。

「……俺たち双子は、あの親子に人生を狂わされてばかりだ」

自嘲気味に呟くと、彼女も同様に唇を歪めた。認めたくはないが事実なのだ。
2年前のあの時から、もう時間は止まっている。停止した時計を元に戻せるのは、互いに恋焦がれるたった一人だけ。

冷たい風が頬を刺す。
彼等の春は、まだ来ない。





2012/05/04


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