花紡ぐ笑顔がふたつ


「Nさん、ともだちになろ!」

あたしの提案に、Nさんはかなりびっくりしたみたいだった。右の目と左の目をきょろきょろさせて「え、え?」と慌てる。やっぱり突然すぎたかな?今度はもう少しゆっくり言い聞かせる。
「あたし、Nさんと『ともだち』になりたいの。……この意味、分かるよね?」
「知って……いるよ。『トモダチ』、だよね」
あたしの言う「ともだち」とNさんの言う「トモダチ」の響きはどこか違うような気がしたけど、それはあんまり大きな問題じゃない。
大切なのはともだちになるっていう事実。それに、あたしはNさんの「トモダチ」っていう言い方が凄く好きなんだと思う。優しくなんでも包み込んでくれるような感覚、分け隔てない無条件の愛情っていうのかな、とにかく聞いてると安心する。ポケモンに対する……えーと、Nさんの言葉でいうと「ラブ」?が伝わってくるから。

Nさんはしばらく視線を泳がせて、おずおずと言った。
「でも……キミのトモダチは、プラズマ団の団員に苦しめられたことがあると聞いた……ボクはプラズマ団の王様だったんだよ。そんなボクとトモダチになっても……いいのかい?」

夢の跡地やヒウンシティでの出来事をNさんが知っていたことに驚いた。トウヤがわざわざそんなことを話すはずが無いから、きっとトウヤのポケモンたちに聞いたんだろう。Nさんの目は悲しそうだった。
そうだ、Nくんはプラズマ団の「悪事」なんて知らなかったんだよね。自分たちはポケモンを自由にするために行動してるんだってずっと信じていて……なのに、本当はその願いと真逆の仕打ちをしていたことを知ってしまった。その事実を認める苦しみはどれくらい大きいんだろう。
Nさんだってこんなに苦しんでるのに、あたしだけが被害者みたいな顔をして責める権利はない。ムンちゃんがプラズマ団に攫われた時の痛みを思い出して目頭が熱くなったけど、あたしはそれをぐっとこらえた。

「……Nさん!あたしだって、プラズマ団のしたことは許せないよ!でも……でも、あたしがともだちになりたいのは『プラズマ団の王様だったNさん』じゃなくて、『ポケモンが大好きなNさん』なの!…………だから、ね……?」

泣かないで、泣いちゃだめ、あたし。
自分自身に言い聞かせながら、震える手をNさんに差し出す。ポケモン好きに悪い人なんていない、それがあたしが小さい頃からずっと掲げてきた主義。今でも決して揺らぐことはない。
Nさんがプラズマ団の王様だったことと、Nさんがポケモンを好きなことはまったく別の問題だ。あたしがNさんとともだちになれない理由なんてどこにもないんだから。

Nさんはあたしの目と差し出された手を交互に見て、困ったように眉根を寄せた。何をしたらいいのか分からないみたい。あたしは小さな声で教えてあげた。

「こういう時はね、『よろしく』って言って手を握るんだよ」
「う、うん……よろしく、ベル」

あたしの手を取り、少し顔を赤くして、はにかみながらNさんが言う。電気石の洞穴で初めて会った時は無表情の中に苛立ちが見えて凄く怖かった印象があったけど、そんなのが嘘みたいに優しい。あたしは花が綻ぶように笑うNさんに向かって満面の笑みを返した。

「こちらこそよろしくね、Nさん!」



「……Nさんね、あのあとすぐに『チェレンともトモダチになる!』って宣言して走って行っちゃった」
心の底から素直な人なんだなぁと思う。きらきらした目が眩しかった。
トウヤは驚いたように目を見開いて「……行ったのか?チェレンの所に?」と尋ねてくる。そんなに驚くことかな?
「だいじょうぶだよトウヤ、チェレンだってNさんのこと心配してたもん。つんけんした言い方をしちゃうかもしれないけど、ちゃんとNさんの気持ちを考えてくれるよ」
だから大丈夫、と言い含めるように繰り返したけど、まだトウヤは不安みたいだった。なんだかあたしのパパみたい。何度説得しても、パパの心配は尽きなくて。それは、あたしを大事に思うからこそ。トウヤのNさんに対する心配も同じようなものだろう。

「……トウヤは、ほんとにNさんのことが大切なんだね」

思わずそんな言葉が唇から零れていた。するとトウヤは否定することもせず、ちょっと帽子を下げて「……ああ」と答えた。
その反応が意外で、今度はあたしがびっくりする番だった。帽子を下げたのは照れ隠しのつもりなのかな。でも、Nさんを大切に思う気持ちは少しも隠そうとしない。
トウヤも小さい頃と比べると随分と変わったなぁって、他人事みたいに思う。出会いによって変わったのはNさんだけじゃなくて、トウヤもなんだ。
トウヤがNさんと過ごした時間はあたしたち幼馴染の十分の一もないけど、Nさんはトウヤにとって「特別」な存在になっている。一緒に過ごした時間の長さなんて関係ない。

……やっと、トウヤも「特別」な人を見つけることができたんだ。
それがとっても嬉しくて、あたしは心の中でNさんに向かって「ありがとう」と呟いた。


(あたし知ってるよ、Nさんの素敵な笑顔を引き出したのはトウヤだってこと!)




2010/11/06


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