シュガーコート・プロポーズ


「キミの部屋は落ち着くね」

部屋に入るなり一目散にベッドへダイブしたNが、枕を抱えてごろごろ転がりながら言った。
「……随分楽しそうで何より」
「うん、本当落ち着くよ」
皮肉を真正面から素直に受け取ってしまうくらいには上機嫌のようだった。これだから皮肉の通じない相手はやりにくい。

部屋に来たのは初めてにも関わらず、Nは早くもこの部屋は自分のものだとばかりにくつろいでいる。別に客人顔でかしこまれとは言わないけど、少しは遠慮というものを知ってもらいたい。彼を教育した人たちはそういうことを教えてこなかったのだろうか。確かに王様には遠慮は必要ないかもしれない、と思い至ったところでなんだか馬鹿らしくなって溜息をついた。
どのみち彼の根本的な性格や俺に対する接し方は変わりそうにない。今更変えてほしいとも思わないし、彼はこのままがちょうど良いのだろうと無理矢理納得させることにした。

「あー……でも、キミの部屋が特別落ち着くってことでもないのかな?こういう安心できる感じは他でも感じるし。ボクの心が落ち着く条件って何なんだろう?ねえトウヤはどう思う?」
「知らないよ」
ベッドの上で真剣に考え始めるNを放って、俺はおもむろにWiiの電源を入れた。
今までの付き合いでNの対処法は把握してきた。彼がややこしく、かつ俺にとってどうでもいい思考を始めた時は放置するのが一番だ。そのうち彼が勝手に自分なりの結論を出して満足してくれる。
案の定、Nは「ひなたぼっこしてる時も落ち着くし、トウヤにゼクロムの背中に乗せてもらう時も落ち着く……でも、一人でレシラムに乗ってる時はそうじゃないな……」とか、要領を得ない独り言を呟いて時折首を傾げたりしていた。

俺は、暇つぶしにちょうどいいものはないかとゲームソフトを漁った。
下の階では母さんが夕飯の支度をしている。手伝いを申し出たら「トウヤはNくんと一緒に遊んでいなさい」と拒否されたから手持ち無沙汰だ。Nは相変わらず悶々と悩んでいるし。手元にあるゲームは大体クリアしてしまって、最初から初めてもつまらない。こうなったら無難にWiiテニスでもやるか。難易度最高にしても歯応えがなさすぎるのが不満だけど。
コンピュータ相手に球を打ち返すのも段々飽きてきた。正直、俺は自分の動体視力を持て余している。バトルの時に敵の手を即座に読んで対応できるのは便利だったが、極めてしまったら終わりだ。それでも、Nとのバトルは次に何を繰り出してくるのか予想がつかないから心が躍る。
もしかしたら、この退屈なWiiテニスも、Nが相手なら楽しめるかもしれない。
Nをゲームに誘おうと思い立った俺は、

「ああ、そうか!」

……Nの素っ頓狂な声に目を見開くことになった。
「ど、どうした」
「分かったよトウヤ、僕がキミの部屋にいると落ち着く理由!」
まだそのことについて悩んでたのかと俺は呆れたが、いちいち突っ込んでいてはきりがない。ここは大人しく話を聞いてやるのが得策だ。
「で、何が理由だったって?」
「うん、それがね、」
Nは今度こそ満面の笑顔で、こう言った。

「ボクは、『キミの部屋』じゃなくて、『キミがいる部屋』だから落ち着くんだよ!」

……は?

まるで世紀の大発見をしたようなドヤ顔で言われたものだから、どう返したらいいものか分からず俺は硬直した。そんな俺に構わずNはいつもの早口でまくし立てる。

「キミの部屋にいる時と同じような気持ちになる場合を考えてみたんだ。
一人でレシラムに乗っている時は確かに楽しいけど、それとは少し違う。でも、君と一緒にゼクロムの背に乗っている時は、楽しいだけじゃなくて何だか心がふわふわして幸せな気持ちになる。その感覚はキミの部屋にいる時に酷似しているんだ。
では、そこから見出せる共通点は何か?……答えはひとつしかない、『キミがいるかどうか』だ。つまりボクにとって『キミの隣』が最も落ち着く場所なのさ!」

どうだ!とばかりに自慢げに胸を張られても。N、お前はその発見を報告することで一体俺に何を求めてるんだ?もしかして誘ってる?今すぐその自信満々な口を塞いで押し倒してあげようか?
耐え切れずとうとうそれらのことを実行に移すためにNに迫ろうとした時、下の階で「ごはんできたわよー」という母さんの声が聞こえた。


(無意識というものはかくも恐ろしい)





2010/10/12

シュガーコート【sugarcoat】
[1] 薬などを糖分で包むこと。糖衣。
[2] 難解なことをたとえなどを用いてわかりやすくすること。


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