素顔のままで恋をする


Nが膝を抱えて芝生の上に座っていた。彼の脇でチョロネコが心配そうに鳴きながら体を摺り寄せている。顔は伏せられていたけど、泣いていることくらい簡単に分かった。俺はチョロネコを一撫でしてから彼の隣に座る。
「姿が見えないと思ったら、こんなところにいた」
地平線に沈みかけている夕陽を眺めながら呟いた。彼の返答を期待しているわけではない。ただ、彼が泣くという非日常の中にいつもの日常会話を混ぜたら、ちょうどよく攪拌されるんじゃないかと思っただけだった。そんなくだらない試みで彼の涙を止めることなんてできるはずもなく、無言の時間が続く。

「……昔を、思い出していたんだ」
日暮れの静寂を破ったのは以外にも彼が先だった。隣に目を向けると、彼は顔を上げて夕陽を見ていた。頬に伝う涙が橙色の光に照らされてきらきらと輝いていた。人の涙を見て綺麗だと思うのはおかしいだろうか。
「裏切られ傷ついたポケモンたちの声を聞いて、世界には酷い人間しかいないんだと思っていた。でも、キミとキミのポケモンたちに出会って、それまでの十数年間があっという間にひっくり返された。自分の信念に揺らぎが生じることなんて考えもしなかったのにね。……ボクは確信した。キミならボクを止めてくれるって」
目が合った。涙で潤む瞳はまっすぐに俺を捉えていた。純粋で、真摯な光が宿っている。

「きっとボクは、ずっとキミに止めてほしかったんだと思うよ」
止めてみせろと挑戦的に言い放ったあの時、俺は彼の瞳の中に「助けて」という声を聞いた。あれは気のせいではなかったらしい。
「でもね」
Nが俺の手を取って立ち上がった。触れたところから互いの体温が共有される。あたたかい。俺たちは人間だ。

「本当は、止めてくれるなら誰でもよかったんだ。キミじゃなくても」
いつのまにか彼の涙は止まっていた。涙で赤く腫れた目元を隠すこともせず、Nは笑う。
「本当に、止めてくれるなら誰でもよかったんだ。……でも、キミだったんだ」

何故かNがレシラムに乗って俺の前から去っていった時のことを思い出して、今度は俺が泣きそうになった。清々しくて切なくて、とても寂しい感覚が襲う。もしかして彼はまた俺にサヨナラを言うつもりなんじゃないだろうか。やっとの思いで再会できたと思ったのに、また別れなければいけないとしたらもう耐えられない。あの喪失感を再び味わうのは嫌だ。

握る手の力を強めると、「そんなに強く握らなくたって、もう突然どこかに消えたりしないよ」と言ってNはおかしそうに笑った。それでもまだ力を緩められないのは彼を信用し切れていないからだ。Nは少し不気味で意味不明で近寄り難いくらいがちょうどいい。綺麗すぎる笑顔は逆に不安になる。
「トウヤ」
彼が俺の名を呼んだ。今までで一番情けない顔をしているであろう俺とは対照的に、すごく嬉しそうだ。彼の唇がゆっくりと動く。

「ボクは、キミと共に生きたい」

夕陽が二人を、世界を包み込む。でも夕陽よりNの方が綺麗だと思ってしまった俺はだいぶ重症だと思った。「いいかな?」と首を傾げる彼は確かに病的なほど綺麗なのに、さっきまでの儚さは微塵も感じられなくなっていた。この違いは何なんだろう。よく分からないけどなんだかもうどうでもよくなってしまって、俺はチョロネコが見ている横でNを芝生の上に押し倒していた。


(これから先も彼を想い続ける自分でありたい)




2010/10/01


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